「治るよ、絶対に大丈夫」と励ましてくれた真一

 真一は、会うたびに、由美子をポジティブな気持ちにさせてくれた。

 由美子は物心ついた時から摂食障害を抱えていた。摂食障害には波があるが、バイトで働いていたスナックで知り合った夫と結婚してからは、病状が悪化する一方だった。

「摂食が急激に悪化したのは、結婚してからですね。夫とはできちゃった結婚だったんだけど、結婚当初から夫は女遊びとか、DVが激しかった。何度も話し合ったけど、止めてくれない。でも、そんな苦しみも食べている瞬間だけは忘れられる。とにかく異常なくらい、食べては、ゲーゲーと吐く――。そして、狂ったように、また食べる。その繰り返しの日々だった。

 夫はそんな私を見て、“この野郎! おまえの家系は病んでるんだよ!”などと鬼のような形相で毎日責める。それで、また食べては吐く、その繰り返し。そもそもお互い若くて勢いでやっちゃった、でき婚だから最初から愛なんてなかったんです

 真一は、そんな暴君のような夫とは真逆のタイプ。

 摂食障害で苦しんでいた由美子を、何度も「治るよ、絶対に大丈夫」と言って励ました。

“おまえは病気じゃないよ”って、言ってくれた。真ちゃんのその一言が私の病気を治してくれたんです。彼と一緒にいると、“はい、飯食え飯食え”って言われるから、天ぷらとかハンバーグとか、今までは食べては吐いてたものを、私の胃袋が消化し始めるんですよ。私が摂食障害から回復したのは、絶対メンタルの部分が大きいと思う。だから、真ちゃんには、本当に救われたよね。救ってくれたのは、別れた旦那じゃなくて、真ちゃんだったの」

 由美子は、現在、摂食障害から完全に立ち直っている。

 一説によると、摂食障害は、自己肯定感が低いとなりやすいという。そして、その自己肯定感を取り戻していく作業は容易ではない。

 初めて、真一の愛に触れたとき、それは漠然とではあったが、まるで自分の父親みたいだと由美子は思った。しつけに厳しかった母親から、いつも自分を守ってくれた父。そんな優しい父の幻影を不倫相手に見出したのだ。

「こんなに私を大事にしてくれたのは、これまでに自分の父親以外いませんでした。そして、私の前に一生現れないと思ってた。だけど、真ちゃんは違った」

 由美子の視線が遠くを見つめる。

 真一に熱を上げた由美子だったが、初めてセックスしたのは、意外にも交際後何か月も経ってからだった。それまで、横浜の一人暮らしの自宅に真一が訪ねてきたことはあったが、最後まではいかなかった。だが、実際にセックスする前から、薄々と肌が合いそうな予感はしていた。そして真一は、初めてのセックスで、期待に違わず由美子を悦(よろこ)ばせた。この人、慣れてる――由美子はそう感じたという。

「それまで旦那とのセックスでイクことはなかったんです。だけど、彼とのセックスで、初めて、イクってこういうことなんだってわかった。明らかに彼に開発されたんだと思います。

 真ちゃんとセックスしているときが、とにかく超幸せなんです。旦那は、一方的で排せつのようなセックスだったし、心に穴が開いてるから不満足だったんだと思う。今は心と身体、両方そろってるから、幸せなんですよ」

 由美子はそう言って、にっこりと微笑んだ。

 会うのは週3日。由美子の家にやってきたり、二人でラブホに行くこともある。会ったときは必ずセックスする。真一は、多い時で5回くらいはできる。年の割には、性欲が旺盛なほうだと由美子も感じている。しかし、それまでに枯れた生活を送ってきた由美子にとって、それは女の性を取り戻したという感覚だった。