近すぎたり、急ぎすぎたりの「距離感」
吉岡の暴走は、それだけでは終わらない。自分の感情の赴くまま、桐谷の職場(漫画雑誌編集部)に手紙を送り付けたり(しかも、ダメ出しという無礼)、大量のメールを桐谷に送りつけてくる。自己評価が低い割に、人との距離感をうまくつかめない人って、こういうことやっちゃうんだよなぁ。
徐々に人間関係と信頼関係を築けばいいものを、不安や自信のなさからか、やたらと頻繁に予定を詰め込んだり、必要のないプレゼントやモノを渡したりする。愛とか友情とか信頼の前に、恐怖である。急に近づいてきて、じわじわとプライベートににじり寄られるのは恐怖以外の何物でもない。まさに、ホラーなのだ。
このドラマを夫と一緒に観たのだが、夫と私の間ではかなりの温度差があった。私は吉岡の行動に対して「恐怖」を覚えたのだが、夫は「一生懸命、自分を変えようとしているんだよ」とすこぶる優しく見守っている…。はあ、そうですか…。そこ、寛容なんだね。
「自己評価が低い」って、今の世の中、いろいろな言い訳に使い回せるんだなぁ、あざといなぁと思ってしまう。キョドコって、実は武器になるのだ。自分に自信があるようにふるまう女のほうがよっぽど繊細で心がもろいのに、多くの男性はそこに気づかないものである。
セクハラ、パワハラ、人権侵害…
イライラでもない、ムカムカでもない。でもなんだかモヤモヤする。吉岡演じるキョドコに対しては、複雑な感情を抱いている。というのも、吉岡は女性としては許すまじ事件の被害者なのだ。
学生時代に好きだった男(向井理)から、人権侵害と呼べるようなひどい仕打ちを受けたことがある吉岡。彼の支配下に置かれ、たくさんの学生の前でストリップショーをやらされるという、想像を絶する経験だ。
しかも、向井はいまだに吉岡を支配しようとしている。吉岡の会社にコンサルタントとして現れちゃって、セクハラとパワハラと人権侵害をやりたい放題なのだ。かなり胸糞悪い男を、向井がちょうどよい低体温で演じている。
吉岡の立ち居振る舞いにモヤモヤしつつも、彼女の人権が奪われている状態を見てしまうと、120%応援したくなる。それ、訴訟レベルだから。
向井が職場で精神的暴力をふるっている証拠の音源なり映像なりを録っておいて、訴えたほうがいいよ! 法的措置をとる準備をしたほうがいいよ! と、思わず叫んじゃった。
どんなに好きな相手であっても、自分の気持ちに反する行為を無理やりさせられたり、生活や行動の自由を奪われるのは、DVである。支配されたり、管理されるのは、決して愛じゃない。愛情と精神的暴力を勘違いしちゃっている人には、ぜひこのドラマを観て、何が人権侵害に当たるのか、気づいてほしい。
ファンタジーの世界で男に隷従するのはまったく問題ないが、実生活で隷従を強いられたら断固「NO!」と言わなくちゃ。こういうドラマがあると、オンナアラートは途端に説教臭くなっちゃう。
でも、すごく大事なことだ。女が自分を責めないで生きていけるよう、説教アラートも鳴らしていかねば、と年始の抱負にかえさせていただきます。
吉田潮(よしだ・うしお)◎コラムニスト 1972年生まれ、千葉県船橋市出身。法政大学法学部政治学科卒業後、編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。医療、健康、下ネタ、テレビ、社会全般など幅広く執筆。テレビ『新・フジテレビ批評』(フジテレビ)のコメンテーターも務める。また、雑誌や新聞など連載を担当し、著書に『幸せな離婚』(生活文化出版)、『TV大人の視聴』(講談社)ほか多数。新刊『産まないことは「逃げ」ですか?』に登場する姉は、イラストレーターの地獄カレー。公式サイト『吉田潮.com』http://yoshida-ushio.com/