『かなわない』『家族最後の日』、そして本書『降伏の記録』(河出書房新社)。これらの著書で、写真家の植本一子さんは、自分と夫であるラッパーのECD(石田義則)さんと2人の娘との生活を綴(つづ)ってきた。夫との距離、愛した人のこと、母との絶縁、義弟の自殺などの出来事をどう受け止め、どう感じたかを率直に記している。
夫との決定的な出来事を書かずにいられなかった
今年1月24日、ECDさんは末期がんの闘病を経て亡くなった。植本さんに話を聞いたのは、その半月後のことだった。
「石田さんのお別れの会も終わって、いまは部屋の片づけをしています。この間、娘たちがECDのPVを見て、上の娘は号泣したけど、下の娘は“お父さんがいないってことがまだ分からないから泣くことはできない”って困った感じでしたね。どちらも素直な反応だなと思いました。わたしは……自分でもよくわかりませんね。でも、亡くなる直前のころよりは優しい気持ちになれたかもしれません。もういないので遅いんですけど」
植本さんは、これまで日記という形式で文章を書いてきた。なぜ、こういうスタイルを選んだのだろう?
「エッセイも頼まれたときに書きますけど、やっぱり受けてやっている仕事という感じで、日記がいちばんストレスなく書けますね。文字数を気にせずに、その日にあったことを述べればいいので、わたしには合っていると思いますね」
しかし、本書の巻末には、「降伏の記録」という長い文章が付されている。これは日記ではない。
「日記の部分を書き終わって、どこか足りないなという気持ちがありました。その冒頭の部分を書いたときに、石田さんに対して、いなくなってほしいと思ったんです。その決定的な出来事をいま書かないと何かが逃げてしまうと思って、書いたんです。いつもは生活の合間に書くんですが、このとき初めて、子どもたちを人に預けて、この文章を書きました」
結局のところ、夫は自分に向き合っていなかったのだという怒りが、植本さんにこの文章を書かせた。しかし、それを読んだはずの石田さんからはなんの反応もなかったという。
「石田さんはわたしがつくるものを楽しみにしていたし、自分がどう描かれているかも気にしていたから、本が出た時点ですぐ読んだと思うんですけどね。わたしも聞くことはしなかったです。やっぱり、どういう反応が返ってくるのかが怖かったんだと思いますね。摩擦を起こしたくないという気持ちもありましたし、それに、書き終わった時点で、自分のなかでは完結しているんです」