「この時はまだ普通に歩くことすら難しかったけど、断れない仕事だった。ずっと立ち続けることもつらい状態だったので、舞台でイスに座らせてもらった。歌もすべてバラードにして、無事に最後まで歌いきることができて正直ホッとした」
この記念すべき復帰コンサートでも思わぬサプライズが起きた。
「ラストソングで西城がテーブルにつかまって立ち上がり、ふり絞るようにして歌ったんです。この1か月間リハビリする姿を見てきましたから、思わず涙があふれて、楽屋で声をあげて泣きました」
と、前出の中田葉子(ファンクラブ会長)は振り返る。
応援しているのは、ファンだけではなかった。手紙やメール、さらに道ですれ違った時に「頑張れ!」と声をかける人もいる。
「特に同じ脳梗塞を患う人を家族に持つ方たちからの声援が予想以上に多かった。米農家を営むご主人が自分と同じ病気を患ったことで、僕を仲間のように思ってくれて、お米を送ってくださった。こうした“同志”ともいえる仲間たちの思いが大きな支えになりましたね」
そうした熱い声援に応えるために、秀樹は2012年8月26日午後7時、『24時間テレビ 愛は地球を救う』の生中継が行われている日本武道館のステージに立った。
スクリーンには、闘病生活の様子が流れ、秀樹は舞台の袖で出番を待っていた。
「ビデオから流れてくる音声はまったく耳に入らなかった。聞こえてくるのは心臓の音だけ。脚は緊張して、こわばっていたな。今まで何千回と袖で出番を待ったことがあるけど、これじゃあ、まるで新人歌手のようだと思ったよ」
再現ビデオが終わり『YOUNG MAN(Y.M.C.A.)』のイントロが流れ出し、歌い始めると声はスムーズに出るものの、脚の硬直はますますひどくなる。
秀樹は無我夢中でマイクスタンドをつかんだ。
「マイクを持って熱唱してましたねって言われたけど、倒れないようにとっさにマイクスタンドにしがみついたんだ(笑い)。
病気で倒れた後も、この曲を歌うことで僕自身もずいぶん励まされた。前へ進む姿勢を見せていれば、多少歌の完成度が下がっても、切れのある動きができなくてもいい。ありのままの姿で堂々と人前に出ようと思った」