母と娘の関係性が事件の裏側に潜む
本作の執筆にあたり、島本さんは新たに殺人事件や窃盗などの裁判の傍聴に足を運んでいた。
「当時、調べていた事件は地方で発生したものが多かったんです。私には小学校1年生の息子がいるのですが、息子の世話を夫に頼んで泊まりがけで出かけたり、朝6時に出発し地方裁判所に9時半に着いて傍聴したこともありました」
また臨床心理士や精神科医や弁護士などにも取材を重ね、執筆に臨んだという。それでも、裁判の場面の執筆にはかなり苦戦をしたのだそうだ。
「裁判の場面を書いた後、担当編集の方から、便箋3枚にも及ぶダメ出しのお手紙が届いたんです。自分なりに一から裁判を組み立てて書いたつもりだったのですが、現実の裁判とは流れなどが違っていた部分もあって、そこからまた大幅に改稿しました」
この物語は、環菜の父親刺殺事件が世間で話題となっている場面から始まる。
「加害者の女の子が父親を殺したところからスタートするという設定は、構想のはじめの段階からありました。これも臨床心理学の本を読んで知ったことなのですが、家庭内暴力や性の虐待などがある家庭では、母親が見て見ぬふりをしているケースが意外と多いらしいんです。その結果、子どもが精神を病んでしまう。
つまり、一見、父親との間に問題があるように思えても、その背景には母親との問題が潜んでいることもあるんですね。娘が母親との関係性の危うさに気づいていないことが多いという事実も、この小説の中で書きたいと思いました」