「慈悲の天使」が銃殺される異常な現実
「これが彼女の“武器”だったの」
そういってサブリーン・ナッジャールさん(43)がメディア陣の前に掲げたのは、血まみれのベストとIDカードだ。ひと目で医療従事者とわかるベストは、娘のラザーンさんが着ていたものだった。
今年6月1日、白いベストに身を包み、まっすぐに負傷者の救助へ向かったラザーンさんは、イスラエル兵の放った銃弾に胸部を撃ち抜かれて亡くなった。1996年生まれの21歳。数週間後には婚約を発表する予定だった。
自宅からたった数百メートル離れた場所で最愛の娘を失ったサブリーンさんは、ベストを握りしめ、ガーディアン紙の記者にこう話した。
「彼女は兵士と話せそうなほど近くにいたのよ。娘がテロリストに見えたって言うの?」
国連のレポートでも触れられ、「医療スタッフは標的ではない」キャンペーンが全世界で巻き起こるきっかけとなったこの事件が起こるまで、ラザーンさんはパレスチナ・ガザ地区に暮らすひとりの女性だった。
18歳で高校を卒業した後、貧困のため大学に行くことはできなかった彼女は、看護学の講座や救急救命のトレーニングをあちこちで受講し、その努力と熱意の結果、パレスチナで30年以上の歴史をもつ医療系NGO「パレスチナ医療救援協会(PMRS)」のボランティア救護員に登録されている。
今年3月30日からは、ガザの人々がイスラエルとの境界で集まって行う、毎週末の抗議デモに同団体の救護員として駆けつけ、「慈悲の天使」と呼ばれて人々に慕われていた。そんな彼女が撃たれたのは、救護活動の最中だった。
この抗議デモは本来、非暴力のものであり、参加者は丸腰のパレスチナ市民たちだ。それなのに、デモの参加者たちは、ラザーンさんを含む救護員やジャーナリスト、子どもを含め、実弾を含む攻撃によって殺されている。
なぜ武器を持たない人々が殺される事態になっているのだろうか。
イスラエル軍が放つ銃弾の標的となる抗議運動は、一体、何に異を唱えるものだったのだろうか。それを理解するには、サブリーンさん・ラザーンさん母娘が暮らすパレスチナ・ガザ地区の異常な日常について触れなければならない。