卒業文集に「廃墟」を描いた少年時代

「ほかの人がやっていないことに魅力を感じる」と朗らかに笑う黒沢。小学校の卒業文集では、モーリス・ルブランの推理小説、アルセーヌ・ルパンシリーズに出てくる『奇巌城』を模した「廃墟」の絵を描いて、周りを驚かせた。

 そんな黒沢に強い影響を与えたと思われる人物がいる。

 生まれ故郷、茨城県でともに暮らした父方の祖父・喜三郎(きさぶろう)(※喜は七が上に1つ、下に2つ並ぶ)である。

「離れの古い納屋を改装して住んでいた祖父は、いつもステテコ姿に襦袢(じゅばん)を羽織っていました。地方紙の新聞記者だったので、部屋にはいつも本が山積み。その部屋を探検するのがとても楽しみでした。マニアックなものに惹かれる私の性格は祖父譲りかもしれませんね」

 東京都中野の公立中学に入学して、真っ先に飛びついたのは歴史の授業だった。特に縄文時代に惹かれた黒沢は、分厚い本を片手に博物館に通い、友人を誘っては近県の貝塚にも足を運んだ。

「千葉にある日本最大級の縄文貝塚、加曽利貝塚や両親の故郷・茨城の龍ヶ崎貝塚まで足を延ばしたこともありました。野ざらしになったままの貝塚に雨が降ると、道端に土器の破片が現れ、うれしくて夢中で拾い集めたこともありました」

 土器の欠片(かけら)を見ながら、今はなき世界に想像をめぐらせる。そんな妄想少年が初めて廃墟らしきものに足を踏み入れたのも中学生のころだった。

「中野区にあった旧野方給水塔は、使われなくなってからしばらくそのまま放置されていました。美しいフォルムに誘われて、錆(さ)びた入り口の扉を押して中に入り、いつ落ちてもおかしくない階段を1段ずつ確かめながら上った。夢中でシャッターを切りましたね。アーチの窓から差し込む、神々しい光に包まれた水槽を見たときの感動は忘れられません」

 こうした街角遺産も心惹かれるテーマのひとつ。軍艦島へと続く“廃墟への憧れ”は、このころすでに芽生えていたに違いない。しかし、地元の公立豊多摩高校に進学すると、生活は一変する。

「学校に背を向け、気に入らない授業はすべてボイコット。そのツケがまわって高校2年の3学期末、担任に呼び出されて“留年”と宣告されました。さすがに落第はカッコ悪い。もし2年でやめるなら単位は取ったことにしてやると言われ、通信制の高校に行く道を選びました」

 家に帰り、「高校を中退する」と告げるわが子を見たときの親の落胆ぶりを見て、初めて事の重大さを知った。しかし、この選択が希望を失いかけた未来に光を投げかけることとなる。