10年ぶりの再会、新しい一歩

 そして今年2月、高校のクラスメートだった築地健吾さん(33)と結婚する。友達として何年も付き合ってきた、お互い気心の知れた仲だ。偶然にも2人は近所でひとり暮らしをしており、行き来をすることが増えたという。もちろん、築地さんは昌美さんの過去もすべて知っている。

「ダメンズ好き」という昌美さんに抗議する築地さん
「ダメンズ好き」という昌美さんに抗議する築地さん
【写真】松田昌美さんの幼いころ、OL時代など(全10枚)

「あの家からは逃げ出してしまったけれど、子どものことは心の支えでした。これまで折れずに腐らずにやってこられたのは、子どもに顔向けできないと思ったから。相手家族がとにかく怖くて、子どもに会いたいと強く言い出せませんでした。同時に、大人の私ですらつらかった家庭なので、子どもが無事かとても気になっていました。でも思い切って2年前に裁判を起こしたんです」

 裁判所を通してやっと子どもに会えたが、子どもは「おばさん、いつ帰るの?」「来なくていいのに」と迷惑そうだった。それに同調している相手家族と会うことも苦痛だった。

「すごく悲しいけれど、会うことで誰も幸せにならないのなら、やめたほうがいいんじゃないかと思うようになりました」

 昌美さんは、子どもから会いたいと言われるまで、こちらから連絡をとるのはやめようと決めた。

 ブラインドライターを始めた当初、昌美さんは「仕事で稼げるようになって子どもを引き取りたい」と言っていた。親権を取るには自立が不可欠と言われていたからだ。しかし、そうなるまで10年の月日は長すぎた。

 失敗の経験は重く、再婚には後ろ向きだったが、築地さんなら大丈夫という確信があったのだろう。

 結婚を決める直前のことだ。築地さんは足をヤケドした昌美さんのために、薬とおでんを持って自宅へ来てくれた。昌美さんから「おなかすいた。何か買ってきて」と言われたからだ。

「使われてるんです。これからもずっと続くのかな」と築地さんは楽しそうに言う。すると昌美さんは「彼はいま全盲だから、私の高校時代の顔しか覚えていないんです。これはラッキーだなあ」と笑う。2人が軽口をたたき、じゃれ合う姿は、仲よしそのものだ。

 昌美さんは自分についてこう語っている。

私の人生は、ガッツで乗り切ってるんです。しんどくなるのは自分のせい。だからこれからも同じやり方で進んでいきたい。視覚には障害があるけれど、心の視野は狭めずにいろんな角度からいろんなものを見られる人になりたいですね。自分に何ができるか絶えず探しているので、ブラインドライターだけではなく、なんでもやってみたいなと思います」

 去年の夏には二三子さんにスマホをプレゼントし、使用料は昌美さんが支払っている。彼女がどんなに他人から障害を非難されてもくじけなかったのは、母・二三子さんの信念があったからだろう。ようやく感謝の気持ちを伝えられるようになった。

 障害者は、障害があるからかわいそうなのではない。障害をかわいそうだと思う人によってかわいそうな存在にさせられるのだ。誰にでも自立する権利はある。そう昌美さんは教えてくれる。

 

視覚障害者によるテープ起こし事業「ブラインドライターズ」

公式HP(https://peraichi.com/landing_pages/view/writers

(取材・文/和久井香菜子 撮影/森田晃博)

わくいかなこ 編集・ライター、少女マンガ評論家。大学で社会学が切り口の「少女漫画の女性像」という論文を書き、少女マンガが女性の生き方、考え方と深く関わることを知る。以来、自立をテーマに取材を行う。著書に『少女マンガで読み解く乙女心のツボ』