業界にいると、よくも悪くもその世界の常識が頭に染みついてくるものだ。見慣れたものには価値を感じなくなっていく。しかし花を売る相手は“素人”なのだ。長く主婦をしていた野口さんは、自分が花に詳しくなる必要はない、お客様に近い感覚を持っているのが私だから、“プロの素人”になろうと決めたという。
他店を研究しアイデアをひねる
お母様の誕生日、彼女と付き合った1周年記念、金婚式、お仏壇……野口さんは花を贈る“用途”をどんどん開拓していった。その営業トークはお手のものだ。
「ご命日は大切。でも故人を偲ぶならお誕生日も喜んでくれるかも! とか、どんどんお花を買う理由を作っていったの。お墓が遠くてお参りに行けない人には、買ってくれたお花を代わりに挿しておきますよというサービスを始めたりね」
当時テレビショッピングの制作をしていた男性は、番組に野口さんが出演した際のことを振り返る。
「たいていの人は、自分の作った商品を“こんなにいいものを作ったんです”とアピールします。でも野口さんは、お客さんのためを思って、どうしたら楽しんでもらえるか、お客さんが何に悩んでいるかを考えるんです。
今まで“花は買ってきて枯れるまでの数日を楽しむ”ものだった。しかし生花を特殊加工して作るプリザーブドフラワーは、年単位で美しく保てる。それを仏花として売りたいと言うんです」
花は飾りたいし、先祖も供養したいが世話が面倒だという人は多いだろう。野口さんは番組で「枯れない仏花」をアピールした。仏壇に1年中生花を飾るのは管理が大変だが、プリザーブドフラワーならメンテナンスがいらず、かつご先祖への供養の気持ちも表せる。お彼岸のときには今までどおり生花を飾れば、これまでよりもずっと供養になるというのだ。これが野口さんの言う「花の用途売り」だ。
従来、仏花はお彼岸にしか売れなかったし、プリザーブドフラワーはブーケなどの飾りにしか使われなかった。それを「供養」と「手間がいらない」を掛け合わせ、新たな花の用途を創り出したのだ。
「他社の花屋500店舗くらいがすでにやってる売り出し方を全部書き出して、誰もやってないことを探したわけ。例えば、“ペットの誕生日や命日に花を贈ろう”とかね」
また、「セット売り」も野口さんのアイデア商品だ。
群馬県高崎市の特産品である高崎だるまと花をセットにして、開店祝いに贈るスタンド花にすると「縁起がいい!」と評判を呼び、大ヒットした。
入社して5年目には、取締役に昇進。野口さんは、上司としても頼りにされている。
10年以上、営業を担当していた田所節子さんは、器の大きさに太鼓判を押す。
「仕事の細かなことには口出ししないで任せてくれます。でも、お客様からクレームが来たときなど、何かあったときは頼れる人です。スタッフの意見や不満があればしっかり話を聞いてくれるので、なんでも言えるんです。彼女について困ること? ……うーん、多忙すぎて、スタッフが、野口さんがつかまらないんですが、どこにいるんですか?って騒ぐことがあるくらいかな」
子どものころから、3つ年下と4つ年下の妹たちや、その友達の面倒をみていた。野口家の自宅近所には団地があり、子どもたちが大勢住んでいたからだ。姉妹もその仲間に交じって遊んでいたが、野口さんは子どもたちの見守り役だったという。公園に遊びに行っては、10数人の子どもを束ねるような親分肌だった。末の妹の亜紀子さんにとっては母親代わりでもあった。
「テレビを見ていると、早くお風呂に入りなさいとか、靴はそろえなさいと指導されました。母に言われた記憶はなく、姉にしつけられました」
すぐ下の妹、恵さんは、今も姉を頼りにしている。
「姉はなにを聞いても“えーっ!?”って言わないんです。めんどくさそうなことでも、なんとかしてやれるようにしようと、解決策を考えてくる。私の息子が劇団の舞台に立つことになったとき、家から通うのが大変だと何げなく言っただけで“じゃあ、うちに泊まらせればいいじゃない”って言って送り迎えまでやってくれたり。なにを言っても断らないんです」