「労災隠し」「雇い止め」による切り捨て
シニア世代が正社員として働き続けることは難しく、多くは非正規労働者として働いている。そのため企業内での立場が弱く、事故を起こしても声をあげられずに泣き寝入りしてしまうケースも少なくない。
事故が起きたことをきっかけに、会社から切り捨てられ、労災として扱われない「労災隠し」が広がっている。また先の事例が示すように、働けなくなったシニア世代は簡単に「雇い止め」され、切り捨てられてしまうのだ。
AさんやBさんのような相談事例は後を絶たず、安全衛生の不備などによる「高齢者の使いつぶし」とも呼べる労働実態が広がっている。その一方で、政府は「一億総活躍社会」を提起し、人手不足を補うために高齢者雇用を促進している。未来投資会議における中間報告でも、現行65歳以上とされている継続雇用年齢を70歳まで引き上げることが提起された。
厚生労働省の労働災害発生状況によると、1989〜2015年までの間に労災全体の件数は減少しているものの、60歳以上だけは件数が減少しておらず、世代別労災発生件数の全体に占める割合が12%から23%へ増加している。'17年の死亡災害事案のうち、60歳以上は328件で3分の1を占める。
そもそも、これらの実態が示すように、シニア世代は労災のリスクが高い。老化による運動機能の低下によって、思わぬケガにつながる事故が相対的に起きやすい。また、シニア世代のケガは大事故になりやすいことも特徴的だ。だからこそ、より精緻な労務管理、労働者への安全配慮義務が企業に求められるといえる。
働くシニア世代は年々増加傾向にある。内閣府がまとめた『平成30年版高齢社会白書』によれば、'17年の労働力人口総数に占める65歳以上の労働者の割合は15年連続で増加し、12・2%に達した。
さらに、同白書の世代別の就業者割合では、男性の場合65~69歳で54・8%、70~74歳で34・2%、同じく女性の場合65~69歳で34・4%、70~74歳でも20・9%となっており、70歳代においても2~3割の高齢者が働いている現状がある。老後も働き続けなければならないシニア階層が、かなりのボリュームで存在していることがわかるだろう。
なぜシニア世代が働かなければならないのか、その背景には貧困問題がある。
'15年に拙著『下流老人―一億総老後崩壊の衝撃―』(朝日新聞出版)でも指摘をしてきた問題だ。
'15年度の日本全体の相対的貧困率は15・7%だが、とりわけ65歳以上の高齢者は19・4%と高い。経済協力開発機構(OECD)加盟国の平均は12・6%なので、これを大きく上回っている。
単身世帯の高齢者では、状況はさらに深刻だ。高齢単身男性は38%、高齢単身女性では52%にまで相対的貧困率が跳ね上がる。また、65歳以上の単身世帯のうち女性が占める割合は67・4%であり、単身のシニア女性は深刻な貧困状態にあるケースが多いことがわかる。
労働政策研究・研修機構によると、妻が高齢者の共働き世帯数は、'14 年に39万世帯となっており'02年の2・8倍である。また、65歳から69歳の就業者が働く主要な理由は、「経済上の理由」(51・9%)が最も高く、第2位の「生きがい、社会参加のため」(14・9%)を大きく上回っている。