そして、8か月後の11月にやっと「仮放免」される。
仮放免とは、在留資格のない外国人の収容を一時的に解くことだ。有効期限が1~2か月なので、仮放免者は随時、東京入管で更新手続きを踏まねばならない。
仮放免後、ダヌカさんは、服役と収容で失われた尊厳を取り戻すべく人権回復の裁判を起こす。しかし、スリランカ大使館の証明書が活かされず、裁判は敗訴。そしてダヌカさんへの「退去強制令書」(強制送還できること)が確定した。
さらなる不運は、係争中の'15年に出会い、婚約した日本人女性Aさんと引き離されたことだ。敗訴後の'17年7月6日、ダヌカさんが東京入管で仮放免更新手続きに臨むと、更新が認められず、その場で東京入管に収容されたのだ(数か月後に牛久入管へ移送)。
いつ出られるのか、まったくわからない
私は牛久入管でダヌカさんに2回の面会取材をした。
家族ですら手を触れることのできないアクリル板の向こうに座ったダヌカさんは憤りを隠さなかった。
「私はここではPと呼ばれます。スリランカ大使館から届く郵便物も、あて名がダヌカだから送り返されます。大使館が私をダヌカと証明しているのにですよ!」
ダヌカさんを苦しめるのは「いつ出られるのか」がまったくわからないことだ。ダヌカさんは仮放免申請を何度も出したが、すべて不許可。理由も一切非開示だ。
Aさんも「せめて仮放免しなければ、精神的に危ない。ダヌカは不安定な精神状態で昼食もほとんど食べず、体重は8キロも減りました。目の下の隈が真っ黒で、ああ、寝ていないんだとかわいそうです」と強い不安を抱いている。
その状況を打破するための提訴だが、Aさんはこう推測する。
「ダヌカをダヌカと認めれば、P氏としての扱いが間違いだったことになる。日本政府はメンツのため彼をダヌカと認めないのです」
メンツのための終生収容……、許されないことだ。