より多くの練習時間を確保するため、2009年にはカフェの仕事を辞めた。金銭的にはかなり厳しくなったが、そこで手を差しのべてくれたのが日本郵政だ。電話対応の仕事で採用され、卓球の活動費用の一部を負担してもらえることになったのだ。それ以前から「バタフライ」の商標で知られる卓球メーカー・タマスともアドバイザリースタッフ契約を結び、用具提供を受けていたが、加えて日本郵政がついたことは、別所さんの大きな力になった。
2社は現在も支援を継続してくれているが、コーチ代、パラ出場に必須の国際大会参加費など自己負担も少なくない。「大会参加費だけで10万円ちょっとかかりますし、欧州遠征だと40万円は必要ですよね。すべてを賄ってもらえるわけじゃないからホントに大変。年金だけじゃとても暮らせない」と苦笑する。
子どもに経済的負担をかけるつもりはなく、イベントや講演活動も幅広く手がけるが、最近は体調の問題もあって思うようにこなせないという。
「1年後の東京パラが近づいてきて、障害者スポーツの環境がよくなったと思われがちやけど、みんなが恵まれているわけじゃない。企業所属や大きなスポンサーがついているのはほんの一握り。私のように練習場所を探して予約するところから始めて、あちこち転々としたり、コーチや相手を見つけるのに四苦八苦する人は多いんやないかな。そこはみなさんにも知ってもらいたいですね」
と別所さんは険しい表情を浮かべた。
「派手」さがパワーアップする理由
それでもあきらめないのが彼女である。ロンドン前からは「マジック球」と「スパイラル打法」というオリジナルの武器習得にも励み始めた。「マジック球」というのはラケットで球に回転をかけ、ポーンと高く上げるボール。敵陣に落ちた瞬間に曲がって外に出るから、相手はレシーブができなくなる。
もうひとつの「スパイラル打法」は肩を使って腕を回しながら打つもの。敵はタテに来るのか斜めに来るのか読みづらく、リターンできなくなる。特に後者は、理論を開発した名将にお願いし、東京から姫路のTTSに招いたほど。荒川コーチと一緒に指導を受け、2人で時間をかけてここまで積み上げてきた。
「別所さんは新しいことを次々と取り入れようとする選手。高齢なのでスピードや反応で若い選手に勝つのは厳しいですから、違うプレースタイルを目指されています。1セットの11点全部を浮き球で確保してもいいくらいになれば、もしかしたらメダルの壁を破れるかもしれない。僕はそう考えています」
テンションを高めるための秘策「おしゃれ」にもより強くこだわった。別所さんは目を輝かせる。
「北京の5位入賞から浮上したくて、この10年は一層のハデハデを目指してきました」
多彩な角度から自分を見つめ直して挑んだロンドンはまたも5位。リオも5位と3大会連続入賞止まり。70歳手前のべテラン選手がこの位置をキープしただけで称賛されるべきだが、「まだまだ」という気持ちを捨てきれない。「絶対に負けたくない」というのが、別所キミヱの確固たるポリシーなのだ。
だからこそ、5度目の東京には是が非でも出てほしい。「周りのレベルも上がっていますし、東京を目指すなんてまだとても言えない」と本人は慎重なスタンスを崩していないが、2019年は5月のスロベニアを皮切りに、ポーランド、チェコ、フィンランド、オランダの国際大会に参戦するつもりだ。7月の台北でのアジア選手権、8月の東京オープンにも出る予定で、メンタル的には「戦う気満々」。