以前、フジテレビのプロデューサーに取材をしたとき、「映画で興収30億円というのは、見ている人数だけで言ったら、『恋仲』とそうは変わらない。むしろ、人数だけで言ったら、おそらく『恋仲』のほうが多いんじゃないでしょうか」と語っていた(ヤフーニュース個人「恋愛ドラマは求められている」より)。

『恋仲』とは、2015年に放送された平均視聴率10.8%の恋愛ドラマである。視聴率10%は興収30億円と同価値であるということらしい。

 もちろんたくさんの人が見るに越したことはない。朝ドラのように視聴率が20%を超えることを悲しむことも恥じることもないが、それが必ずしも経済効果につながるかといったら絶対ではない。そこには家にいながら無料で見られるから見ているという層がいる。視聴率が上がれば上がるほどその層は増える。

 対してソフトやグッズを購入し、映画館にも足を運ぶ層が5%以上いれば経済は動く。ゆえに『いだてん』は『おっさんずラブ』や『コンフィデンスマンJP』のような、熱のあるファンを獲得する作品にある傾向のドラマだと思えば、視聴率の低さはさほど気にならない。逆に、『いだてん』はこれからの大河ドラマを支える強い味方予備軍を生み出しているともいえるのだ。

新しい大河ドラマの可能性を秘めた『いだてん』

 そもそも『いだてん』の脚本家・宮藤官九郎は、視聴率はさほどではないものの、作品を熱心に見る、要するに作品の味方となる視聴者を呼ぶことのできる作家であった。それが顕著になったのが朝ドラ『あまちゃん』(2013年)。

 関連本が売れたことをはじめ、SNSで朝ドラを語るというブームを作り、従来の朝ドラを見る層に新たな層を呼び込んだ。『いだてん』を大河ドラマでやるにあたって、高齢者ばかりが大河ドラマを見ている状況を打破するため、朝ドラ改革を大河ドラマにも、という狙いもあったと思う。

 実際、『いだてん』から大河をはじめて見た人もいるようだが、『あまちゃん』で開拓したNHKを見るようになった層は、すでに三谷幸喜の『真田丸』(2016年)や、森下佳子の『おんな城主直虎』(2017年)なども見て、SNSコミュニケーションを盛んに行っていたため、『いだてん』は『あまちゃん』ほどの爆発力は発揮できなかったのだろう。そもそも朝ドラと視聴率のベースが違うというのもある。

 ただ、勢いよく現状を突破することはすべてではなく、守ることも大事。『いだてん』はいま、徐々に変わりかけている大河ドラマの視聴層を盤石にしているところなのだという気がする。

 これまでの大河ドラマにない、凝った構成、有名な偉人によるよく知られた歴史譚でない、言い換えれば「未知なる人物の新たな物語」、「朝ドラ」みたい、言い換えれば「ヒットの可能性もある」「大河ドラマの可能性を開く」という3点を確実に行うことで地盤を固める。あたかも『いだてん』で金栗四三や、嘉納治五郎(役所広司)が拓いた道を引き継いでバトンを持って走って昭和に向かっていく流れのようなものだ。

 ヒットメーカーで知られる大根仁や、塚本晋也の映画で助監督などをやっていた林啓史など外部演出家を初めて大河に起用するなどのトライも頼もしく感じられる。

 視聴率が下がっているのは、過渡期だから。視聴率の低さは、新たな時代の始まりの証しでもある。信じて待てば「待ってました!」というサプライズがきっともらえると私は信じている。


木俣 冬(きまた ふゆ)◎コラムニスト 東京都生まれ。ドラマ、映画、演劇などエンタメ作品に関するルポルタージュ、インタビュー、レビューなどを執筆。ノベライズも手がける。