ひとり暮らし、車で通勤
倉橋さんは現在、埼玉県越谷市でひとり暮らしをしながら、商船三井で週2日働き、残りの日をBLITZや日本代表の練習に充てている。
「会社は私がまだラグビーを始めたばかりで、結果が出ていないときに採用を決めてくれました。大学卒業後も神戸の実家に戻らないでラグビーを続けると決めたので、仕事と競技を両立させる願いが叶えられて感謝しています」
週1日は在宅勤務で、あとの1日はラッシュを避けた時間帯に約2時間かけて車で通勤する。愛車はアクセルもブレーキも手動で操作できる特別仕様車で、屋根の上にたたんだ車いすを積んでいる。
会社の地下駐車場に到着すると、倉橋さんはルーフボックスを開いて車いすを降ろし、車の座席から乗り移る。到着から約5、6分で誰の手も借りずにエレベーターに乗った。人事部のある階に着くと、車いすでも届く低い位置のカードリーダーに社員カードをかざし、オフィスの中へ入っていく。通路に妨げとなるものはなく、スムーズに席についた。
倉橋さんの入社後、さまざまな気づきから社内のバリアフリーが進んだ。これまで地下にしかなかった多目的トイレも今春、倉橋さんの働く階に増設されたという。上司である人事部長の安藤美和子さん(50)は言う。
「社会的な要請で義務的に整備するということではなく、倉橋という社員がいますから、少しでも快適に過ごせればいいと思いますし、ほかのお客様がいらしたときや同じような社員が入ったときに利用しやすいように改善しています」
倉橋さんは自助具をつけてパソコンのキーボードを打つ。主な業務は部署内の伝票や社内アンケートの集計の入力で、在宅でも同様の作業をしている。その正確な仕事には定評がある。しかし、社内で人の手を借りるときに戸惑うこともあると明かす。
「人にものを渡すにしても、自分が何分もかけてゴソゴソやるより、ここ開けてくださいと言ったほうが、その人の時間も取らないし効率がいいとは思うのですが、できないことではないから、頼るべきか迷うんです」
ともに働き、生活する仲間は介助者ではないので、どこまで頼んでよいのか悩むのだという。
「もっと気軽に考えればいいんでしょうけど。いちばんいいところを探っています」
安藤さんも障害のあるなしにかかわらず、任せたい度合いについては、お互いに話し合えればいいと言う。
「ここまでは大丈夫だからいいですよというようなことも、最初は誰もわからないですけど、繰り返していく中でわかっていくんでしょうね。相手を慮りすぎると疲れてしまいますし、障害者だというだけで極端に気を遣いすぎるのもよくないですしね」
倉橋さんは自らの経験を踏まえてダイバーシティ(多様な人材活用)をテーマに社内外で講演をすることがある。倉橋さんのリハビリ中のビデオを見た社員たちはみな感極まっていたそうだ。
「人それぞれ境遇も違い、ぶち当たる壁も違うと思うんですが、倉橋のような壁を乗り越えてきた人の話を聞くと、なんか自分もやれるかなあという気持ちになれますよね。
とにかく彼女はいつも笑顔で明るいんです。採用の決め手も笑顔だったと聞いています。そこに至るまでにはつらいことも苦しいこともいっぱいあったと思うんですが、笑顔で切り開いてきたという、そういうところに私たちも勇気づけられているのだと思います」(安藤さん)