LGBTという言葉のない時代に女性へと性転換し、現在も芸能界で活躍するカルーセル麻紀さん。そんな彼女の人生をモデルにした長編小説が、桜木紫乃さんの『緋の河』です。

ほかの誰にも書かせたくない、“書き手の欲”

 同じ釧路出身のカルーセルさんが出版した自叙伝『酔いどれ女の流れ旅』に収録する対談の相手となった桜木さんは、対面した瞬間「この人を小説として書きたい!」という強い思いが生まれたと言います。

「麻紀さんと話していて、同じ街に生まれて、同じ中学に通って、同じものを見て育っていたんだと思ったら、これはもうほかの誰にも書かせたくない、と。“書き手の欲”というのに初めて気がついたんです」

 後日、小説として書きたい意思を伝えると、「まだ生きてるのに書きたいの? 変な子ねぇ」と笑われたそうです。

麻紀さんに『フィクションで書くので、ウソなんですけど』と言うと、『いいわよ。そのかわり、とことん汚く書いてね』とおっしゃったんです。私は小説の書き手なので、虚構でしか書けない。

 だからなぜこの子がカルーセル麻紀になってゆくのかというところは全部自分で想像しました。釧路に生まれて家出をして、ゲイバーで働いて……という事実は話の筋として使っていますが、それ以外の出来事、出会った人、別れた人も含めて、すべて虚構で書いています」