どんな人物も自分と同じ人間
──BLでは男を描き、『愛すべき娘たち』では女性を描いて、徐々に描く対象を広げてきた印象があります。以前にインタビューで「女性を描くことと初めて向き合った」とおっしゃっていました。
「そもそもは男女のラブコメを描くつもりだったのですが、全然描けなかったんです。今までBLを描いてきたんだからボーイミーツガールだってきっと描けるはずだと思って描いたら、描けなかった。
“向き合った”というのは、女のキャラが出てきて、そこに物語を作ろうとするとき、自分が本当だと思っているのはこういうことなんだな、という事実と向き合ったということなんです。確かにこれは本当に私が思っていることだけど、エンタメとして出したときに読んでくれる人がどれくらいいるかがまったくわかりませんでしたね。不安で押しつぶされそうでした」
──エンタメとして成立しているか不安だったんですね。
「そうです。でも発売されて長いことたっても、こうやって言及してくださったりして今は描いてよかったと思ってますし、あんまり自分に嘘をつけなかったことがかえってよかったとも考えています」
──男性を描くこと、女性を描くこと、その違いで心がけていることはありますか?
「いや、全然ないです。自分が誠実にできることがあるとすれば、それは“共感できなくてもいいけど、別の世界の得体の知れない生き物だと思わないこと”。年の違う人も、男性も、とにかく自分と同じ人間だと思って描くということしか私にはできない。それが誠実さだと思っています」
─『愛がなくても喰ってゆけます。』(※4)にゲイの友人に謝るシーンがありますよね。あのときの気持ちは。
「『西洋骨董洋菓子店』(※5)を描いていたら小野がちょっとおもしろくなりすぎちゃって、筆がすべって雨の中でクルクル回るシーンとか描いちゃったんですよね。ちょっとやりすぎかと思って、それでゲイの友人にごめんねという話をしたんです。
でも彼が“そんなことでいちいち怒っていたらやってられないから”と言って、その返答がすごい心に残ってたんです。すごい無神経なことを言われ続けていると、鈍感にならざるをえないときがあるよねと思って描いた話ですね」
──BLを描くときに配慮していることはありますか?
「先ほども申し上げた、別の世界の生き物として描かないということですね。だから、あのときの小野はちょっと別の世界に行っちゃったかなあと思って」
──それはBLに限らず、あらゆる作品作りにおいて心がけていることでしょうか。
「そうですね。繰り返しになりますが、共感とは違うのですけれども、誰を描くときでも常にそう思って描くようにはしてます」
──逆にそうしたうえであれば誰でも描けるという。
「それもありますね」
──歴史上の人物を描く『大奥』(※6)も、“大きい歴史”を描くよりも個々人の“小さい歴史”を丁寧に描いていらっしゃいます。
「ミクロが連なってマクロになると思っています。特に徳川家の話なんて“徳川さんの家の話”でもあるから、まさにミクロな人間関係。でも、きっと今の政界だって普通にあいつ嫌いとか好きとかそういうことで動いてると思うんですよね(笑)」