裁判員制度「これからの10年」

 こうした問題を、現場の裁判官はどう考えているのか? 

「上級審でひっくり返されてしまう事案があるからといって“意味がない”ことではありません。“裁判裁判の判断だから、必ず正しい”のかと言えば、そういうものではありませんし、裁判の正しさは高裁や最高裁でも審理が行われて最終的に判断されているという点にある。それが前提ですから」(小森田判事)

「そういう気持ちになるのも理解できなくはないです。ただ、高裁、最高裁も真剣に考えて、そのうえで“市民の感覚の部分を考えたとしても、やっぱりどうしても受け入れられない”という、限界的な判断ということになっているのかと思います」(村田判事)

 “破棄された”事件はメディアでも大きく取り上げられる。だが、実際は刑事事件の高裁での一審破棄率は制度導入を契機に、むしろ下がっている。2010年度は4・6%、その後、2015年度に14・2%まで増えたが、2018年度は11・9%だ。導入以前、刑事事件全体のそもそもの破棄率が17%超もあったことを考えれば、制度導入後は“市民感覚を反映している”ともいえる。

 一方で施行10年間だけで見ると、たしかに裁判裁判で出された判決の破棄率は上昇傾向だが、これは適切な数値に落ち着きつつあるという印象を受ける。前出・四宮教授も、その点を評価している。

破棄率が下がったということ、そして99・9%だった有罪率が今年の上半期には99・14%にまで下がったということは、つまりそれだけ一般常識からすれば“疑問のある”有罪が減って、無罪が増えたということ。これまでの刑事裁判を考えれば重要な変化です。市民の常識が反映された結果だといえます」

 調書中心で判例をなぞるだけの“お決まり”判決ではなく、法廷で被告人に質疑応答する形式を持ち込んだ成果だ。

 容疑者の取り調べを録音や録画する“可視化”が進んだこと、また裁判後に検事と弁護人、判事の三者で“反省会”を行うようになったのも導入以降。反省会では冒頭陳述や立証の仕方、主張がわかりやすかったかなど、次の裁判をよりよいものにすべく振り返る。裁判員にわかりやすい裁判は、すなわち国民にわかりやすい裁判でもある。

 そして、もうひとつの大きな課題、辞退率はこう見る。

「何かイベントをやってドッと辞退率を下げる、というものではないですから。私たちができることは、みなさんが裁判員となったとき、しっかりとした裁判をしてもらえるよう、その負担を極力小さくする。そういう努力、工夫、準備をしていくということ。そのうえで、やはり経験者の方に、感想を率直に語ってもらうということが大切だと思います」(小森田判事)

 経験者への調査では「やってよかった」という声が96%にものぼる。「何がよかったか」が伝わるには、前出・瀬木教授、四宮教授も指摘するとおり、守秘義務の運用は考える必要があるだろう。

「現状、裁判についてしゃべることは原則禁止で“個人の感想だったり、公判の様子を話すことだけはOKですよ”となっています。そうではなくて、“話すことは原則OK”とするべき。“OKだけど、各自の意見、多数決の数、個人情報などだけはダメですよ”という方向にする。評議の中身もみんなで合意した事柄だけに限定する。これだけで、もっと多くの参加者が、安心して自分の経験を伝えられるはずです」(四宮教授)