ページをめくれば、こんな唐突なフレーズも……。
《沈黙の臓器 肝臓 強い代償 転移悪化 胆汁をつくり/グリコーゲン/をつくる》
医学事典でもひもといて、メモしたのだろうか。わらにでもすがりたい……そんな切羽詰まった心情が、痛ましい。
さらに、渥美さんは友人・関敬六さんとの交遊に触れる。が、そこにいつもの陽気さはない。
《10年前に岡山で買った/位牌はK6からの宝物/になっちまうな。/足は重くなるばかり、イタイ/『老眼鏡のすきまから/しみじみ見てる生命線』》
趣味でたしなんでいた自由俳句も、ぞっとするような凄惨さだ。
そのあげく、飛び出 したのはついぞ聞かなかったような。“恨み言”……。
《29、6以来タバコも酒も/やめたのに、今度は肝臓/か……いやなやつだぜ/しのも気をつけろよ》
20代で肺病を患い、弱い身体をいたわるように節制に節制を重ねながら寅さんを演じてきた渥美さん。
なのになぜ……と、運命を呪うかのような本音が伝わってくる。
気になるのはこのあと、3枚にわたって手帳が欠けていることだ。
さらに“恨み言”を書きなぐり、あとで見直した渥美さんが破り捨てたとも考えられる。
その内容とは、どんな悲痛なものだったろう。
しかし、最後の8ページ目。 渥美さんは思い直したようにこう記している。
《伊豆の式根島、/ロケ先菊水旅館は7年前に/行ったところへ/仕事じゃなくて、ゆっくりしたいな/家族とぎょうさん(親交のあった脚本家・早坂暁さんか)にも……/声かけて一緒に行こう。/正子健康が一番だぞ/健太郎 幸恵も頑張れ、/(康雄)》
妻の正子さんとふたりの子供へのメッセージだ。 が、なぜか、あの陽気な笑顔は浮かんでこない。
死期を悟り、その恐怖に怯えながら、この手記を書いた渥美さんはおそらく苦渋に満ちた表情だったはずだ。