上手な嘘より下手な正直
それを痛感したのは、'91年、主力の取引先が倒産したとき。イワコーも損害をかぶることになったのだ。
「人を介して、うちの取引先が倒産したことがほかの取引先に伝わると、“イワコーは大丈夫か”などといらぬ憶測を生む可能性があるし、印象が悪いでしょ。だったら、事前に自分の口からありのままを話したほうが、誤解がなくていい。そう思って税理士さんに相談したら大反対された。“誰も相手にしてくれなくなるよ”と。“仕事をやりたいからこれをやるんです”と食い下がったら、税理士さん、“定期預金がいくらあるかを書くから、これ持って行きなさい”と言ってくれてね」
10社の取引先を回ったところ、大成功だった。
「9社は頑張れと言ってくれました。材料の調達でお世話になっている社長から、“お金は半年待つよ。必要な材料は持っていけ”と言って励ましてくれました。そのとき痛感したんです。“上手な嘘より下手な正直”だと」
そうした骨のある経営者の背中を見て学んだせいだろう、利益のみにこだわらず、信義を大切にするところがある。
文具の企画・製作などを行う東京画鋲製作所の中尾貴信社長が、野菜消しゴムを使った文房具製作の相談を持ちかけたことがあった。野菜消しゴムにマグネットをつけた商品である。その申し出を岩沢さんは承諾した。
その際、中尾社長は、「他社から同様の製品を作りたいという業者が現れても売らないでほしい」とお願いした。中尾社長は振り返る。
「特許権、知的財産権などからまない案件ですから、あくまで口約束。うちより好条件を提示する業者が出てくれば売り上げも増えたはずです。実際にそういう話はあったようです。しかし岩沢さんは義理堅い方。一切排除してくださった。尊敬できる方です」
会社の経営が少し安定したからといって、安心はできない。野菜消しゴムに加え、どんな新商品を開発すべきかを絶えず考えていた。そんなとき思いついたのが動物シリーズ。ヒントはアメリカの代理店が送ってくれた1枚の写真だった。努社長が回想する。
「イワコーの商品がおもちゃ屋さんに並んでいますよということを知らせる写真だったのですが、ショーウインドーに動物のぬいぐるみが置いてあるのを、父が見つけた。それで“動物の消しゴムだ”と思いついたようです。その写真を見てひらめく直感力、これはかなわないですね」
そうして徐々に、消しゴムの種類を増やし、経営は安定していった。2008年に起きたリーマンショック後の不景気にも、イワコーはさほど影響を受けなかった。それどころか同年、国土交通省主催の「日本のおみやげコンテスト」で金賞を受賞。海外のおもちゃショーにも出展するほど事業は展開した。岩沢さんは言う。
「景気よりも、意識すべきなのは経営なんですよ。経営とは、新製品を作ることです」
イワコーの「おもしろ消しゴム」の品目数は全部で約700あり、以前はすべて岩沢さんが考えていた。しかし今は「4対6」で4が岩沢さんに対し、6が努社長という比率になる。
岩沢さんは野菜、果物、和菓子、寿司、料理セットといったものを企画することが多いのに対し、努社長は、トレーラーや水族館、恐竜、カメラ、モデルガンなどが多い。営業の福島さんはこう言う。
「岩沢さんはまあるい感じで可愛いものが多くて、社長はシャープな感じの男の子っぽいものが多い印象です」