“物作りの日本”が揺らいでいる
『雲を紡ぐ』の全編を通して流れているのが誠実な物作りへの敬意です。ホームスパン工房を主宰する美緒の祖父・紘次郎、電気メーカーで家電の開発を行う父・広志の姿にその思いが読み取れます。
「ホームスパンの工房を見学した折、注文者の肌の色が美しく映えるように、ひとつの色のなかでも繊細な調整をしていくことを知りました。使い手のことを考え、誠実にものをつくる姿に、ふと日本の工業製品、特に電化製品や自動車にも通じるものを感じたのです。
私は昭和の歴史を見るのが好きでよく昭和史を辿るのですが、焼け跡の戦後の中からよい物を作って、これからは工業製品で日本、いや世界の人々の生活を豊かに楽にしようという高い志のもとに、最初はうまくいかなくても、こつこつ作ってこられた方々がいます。その物作りの歩みに感銘を受けました。
物作りの歩みが日本の高度成長の歩みを支えたのではないかとも思っていて、それは本当に先人が残した宝です。
ところがちょうど今、“物作りの日本”が揺らいでいて、多くの企業は日本から拠点を移したりしています。それでも中で働くエンジニアたちはどこにいても誠実に物を作り続けるのだろうと感じています。もう1度、物作りのよさ、日本の強みみたいなものが、未来によい形で盛り上がっていくといいと願っています」
ライターは見た!著者の素顔
祖父が工房を営む岩手県盛岡市の魅力が凝縮された本書。実在の喫茶店や名所、外国人観光客向けスポットまでガイドブックも真っ青の情報量です。
「私は別の街で生まれ育った人間なので、縁あって盛岡の地を描かせていただく以上、盛岡の街の様子をできる限り知りたいと。空気の感じや色の感じ、音の響きとかいろんな要素を作品に盛り込みたいと考えていたので、こつこつと街を歩いて、素敵だと素直に思ったものが素直にそのまま文章に入っています」
(取材・文/ガンガーラ田津美)
いぶき・ゆき 三重県出身。中央大学法学部卒。出版社勤務を経て、『風待ちのひと』でポプラ社小説大賞特別賞を受賞しデビュー。『四十九日のレシピ』が大きな話題に。直木賞候補となった『ミッドナイト・バス』は映画化もされた。『彼方の友へ』、『カンパニー』など、著書多数。