3月は「就職場所」と「卒業場所」

 それにしても本場所って、そんなに何が何でも開きたいものな? と思う、大相撲に特に興味のない方にお伝えするが、年に6回、奇数月に開かれる本場所(今回もそう)は、力士の技量を審査し、番付を決めるためのものであり、同時にお給料も決まる。再び梅原猛の言葉を借りれば「力士は自らの人生を、わずか数秒の取組に結晶させる」のであり、本場所15日間、1日のうちのわずか数秒に、人生を賭ける。そのために毎日毎日、文字通りに血のにじむような厳しい稽古を積んでいるのだ。

 さらにこの3月に行われる春場所には、特別な意味もある。すでにネットのニュースなどでも話題となっていたが、中学や高校、大学を卒業して新たに大相撲界に入門する新弟子の身体測定や内臓検査などが29日に行われ、45人が合格した。彼らはまだ番付表に載らないが、この場所で「前相撲」を取り、5月場所(東京・国技館)からはそこでの成績を基準に番付が決まり、本格的にプロとしてスタートすることになる。そう、今場所はいわゆる「就職場所」なのだ。

 と、同時に今場所は「卒業場所」でもある。3月の場所を最後に引退、4月から第二の人生をスタートさせるおすもうさんも多い。就職が既に決まっている人なら、今場所が相撲を取る最後のチャンス。彼らに最後の相撲を取らせてやりたい……そういう意味でも、春場所は是非、開催したい、という思いがあったんだろう。

 とはいえ、1人でも新型コロナウイルス罹患者が出たら、すぐに中止する勇気を相撲協会には本気で持ってもらいたい。おすもうさんたちはまわしひとつで身体をぶつけ合い、相手との距離も近い。お互いの汗が飛び、顔と顔との密着もある。相撲は「濃厚接触」だ。

 感染は瞬く間に広がる恐れがある。放送はどうする? そのときは過去の本場所の録画を取り出してきてはいかがだろう? 昭和50年代の本場所そのままオンエアー……とか、それはそれでまた盛り上がる気もするんだけど?

 何はともあれ、無事に始まり、無事に終わることを祈りたい。「支度部屋はなるべく分散して」とか「力水は形だけにする」とか「手などのアルコール消毒のタイミングはいつ」とか「審判の親方はマスク着用するのか」とか「風呂場はどうする?」とか、いかにウイルス感染を防御するか? に注目が集まってしまうかもしれないが、朝乃山の大関昇進を賭けた戦い、小兵の新鋭・翠富士の十両デビューなど、注目ポイントも多々あること、お忘れなく! 


和田靜香(わだ・しずか)◎音楽/スー女コラムニスト。作詞家の湯川れい子のアシスタントを経てフリーの音楽ライターに。趣味の大相撲観戦やアルバイト迷走人生などに関するエッセイも多い。主な著書に『ワガママな病人vsつかえない医者』(文春文庫)、『おでんの汁にウツを沈めて〜44歳恐る恐るコンビニ店員デビュー』(幻冬舎文庫)、『東京ロック・バー物語』『スー女のみかた』(シンコーミュージック・エンタテインメント)がある。ちなみに四股名は「和田翔龍(わだしょうりゅう)」。尊敬する“相撲の親方”である、元関脇・若翔洋さんから一文字もらった。