夫に背を向けて毎日、毎日……
「そんなときに、私のSNSに出会い、自分の大きな思い違いに気がついたと話してくれました。それから標準治療に戻ることができ、現在は安定しているとのお話でした」
標準治療とは、科学的根拠に基づき、現在利用できる最良の方法であることが示された治療を指す。このように怪しい情報に影響され、標準治療を拒否する患者がいるとしたら、これは本当に危険なことだ。それではなぜ、人々は怪しい情報に傾倒してしまうのか。
「私も夫のがん告知後、ネットで見つけた『がんに効果がある』と謳われた15種類以上の方法を試しました」
と当時を振り返るのは『希望の会』理事長の轟浩美さん。金額にしてゆうに500万円以上だったという。
「闘病中、医師からは、厳しい言葉しか出てこないんです。医師は科学的根拠に基づいて話すのですから、いま考えればしかたのないことなのですが……。当時は頭が真っ白で、話の内容もよく理解できなかった。『助からない』ということだけは伝わってきて、突き放されたように感じてしまったんでしょうね」
藁をもすがる思いで、ネット検索を続けた轟さん。
「『がん』と入力すると予測変換で、その後に『治る』とか『消える』という言葉が出る。医師から厳しい言葉ばかりを投げかけられていた私は、自分の聞きたい言葉、自分に優しい甘い言葉を謳う情報を信じてしまいました」
轟さんが最ものめり込んだのは、にんじんジュースだ。アメリカで治療法が存在しているというネット情報がきっかけだった。
「夫に背を向けて毎日、朝昼晩、にんじんジュースを作り続けました」
冷蔵庫の中はすべてにんじん。50本は入っていた。街を歩いていても、気づけば、がんの治療法を探し続けた。血液クレンジングには30万円を投じ、超高濃度ビタミンC治療なども試した。知人や友人からも、さまざまな情報が寄せられ、そのほとんどを試したという。
──しかし、哲也さんの体調は悪化し、食欲もなくなった。それでも夫に、彼女はにんじんジュースを作り続けた。