依存症は孤独の病
倉田めばさんは、自らが薬物依存症だった。14歳でシンナーに手を出して以来、薬物依存症で入退院を繰り返していたという。自助グループ参加などを通して回復し、1993年に自ら「大阪ダルク」を立ち上げた。彼女が2011年に書いた詩を紹介する。
『ヘルプ』
薬物を使い始める前
私には
助けが必要だったが
どうやって助けを求めたらいいのか
わからなかった
薬物を使い始めたころ
私には
助けが必要だったが
助けを求める気はなかった
薬物が止まらなくなってしまい
私には
助けが必要だったが
誰に助けを求めればいいのか
わからなかった
薬物を本当にやめたいと願い始めた時
私には
助けが必要だったが
助けより
薬物が必要だった
薬物が止まって長い時間がたった
私には
助けが必要だったが
自分が助けを必要としていることに
気づかなかった
ここで描かれているのは、徹底した孤独だ。助けを必要としていることさえ、わからない抑圧のなかにいて、助けの求め方もわからない。そして、薬物に助けを求めてしまう。
奈良少年刑務所での足かけ10年の体験のなかで、わたしがつくづく感じたのは「人は人によって癒される」「人は人の輪の中で育つ」ということだった。心の扉が開いたとき、彼らは互いに互いを思いやるやさしい言葉をかけあった。どんな重い罪を犯した人間の心の中にも、こんなやさしさがあるのだと知って、わたしは胸がいっぱいになった。そのやさしさが、彼らを癒していったのだ。
遠慮が過ぎたり、気を遣いすぎたり、意地っぱりだったり、見栄っぱりだったり、立場が邪魔をしたりで、SOSを出せない人がいる。そんな人は、人とうまくつながれない。孤独が依存症をつくるのかもしれない。