(1)「うやむや」にされたら怪しいと思え
今でも、私は炎天下で走り回るようなテニスバカですが、以前はテニスサークルに入っていて、その時の無職の友人が声をかけてきました。
「後藤さん(仮名)から仕事を紹介したいので、説明会に来てみないかと誘われているんだ」
「よかったじゃない」というと、「この女性に誘われたら、ひどい目に遭ったという、きな臭い話も聞こえてくるんだよ」
仕事は見つけたいが、厄介な目にも遭いたくはないと言います。
「なんなら代わりに行って、どんな会社なのか見てきましょうか?」
「お願いします。彼女によると、会社説明会は2時間かかり、仕事を始めるにあたって、給与の振り込み用の口座と銀行印を持ってくるようにと言っていました」
「了解!」
その夜、彼女から電話がかかってきました。
「明日の会社の説明会に来ていただけると聞いたんですが」
「はい。ところで、どんな会社なのですか? 仕事の内容は?」
「それは……明日の説明会で聞いて下さい。話すと長くなるので」と言葉を濁されたまま、電話を切られました。
結局、どこの会社でどんな仕事なのかも知らされませんでした。もしこれがマルチ取引だった場合、極めて法律に違反した行為です。いずれにしても、尋ねたことに曖昧な返答しかない場合は、絶対に誘いにのってはいけません。これは、被害回避の第1ポイントになります。
(2)よくわからない「用語」に注意
翌日、会社説明会に向かうと、会場には男女70人ほどがいました。ボードには代理店事業説明会の文字が書かれ、壇上では講師が力強く語ります。
事業内容を要約すると、手書き文字を読み取れるファックスとネットをつないだ電話機の開発をしているとのこと。しかしながら、電話機どころか、オンライン販売の仕組みもまだ開発段階というのです。
「そこで、モニターとしてみなさんにその電話機を使ってもらい、不完全な部分があれば意見をあげてほしい。そして、オンライン販売の仕組みを作り上げていってほしい」
「現在、会員は35万人いて、これを100万人まで増やしたい」
「会員制なので入会金が必要。代理店は将来販売する人を増やし、販売網を作り、みなさんでいっぱいお金を稼ぎましょう!」
そして、ボードに“MLM”と板書しました。実はこれ、“マルチレベルマーケティング”の略。仕事の紹介と聞いていましたが、ようやくここでマルチ取引であることを告げられたのです。しかし、これがマルチの略語だということをどれだけの人が理解しているでしょうか。
そう、彼らはハッキリとマルチとは言わず、このように略語でごまかすことで、もしあとから「マルチとは言ってなかった」とツッコまれたときも、「いや、マルチ商法だと言ったよ。MLMと言ったよね」と言い訳をすることができるのです。
このように、わかりにくい用語を使ったり、“あと出しじゃんけん”の形でマルチ取引を告げる場合も。でもここで彼らの誘いを断れずに入会してしまうと、結局自分も、だまし討ちするような形での勧誘をすることになりますので、この先に進むのは絶対にやめてください。これが被害回避の第2ポイントです。
(3)集団→個別の勧誘についていかない
会場は「儲けてやるぞ!」という熱気に包まれていきます。この興奮状態の中、彼女は目を輝かせながら、私の方に向き直ります。
「もう少し詳しく説明したいです!」
私は近くの喫茶店に誘われました。そこで、「会員になりましょう!」「儲けましょう!」と執拗に契約書に署名とハンコを押すように促されたのです。
マルチ商法では、集団で講座を受けさせることで「絶対に、儲かる」という気持ちの高揚を誘います。それからお店などに連れ込んで、一気に個別の勧誘を行うのが一般的。この流れにのせられてしまうと、冷静な判断ができなくなり、契約をさせられる可能性が高くなりますので、断ることに慣れていない人は、絶対に興味本位で深入りはしないでください。
勧誘組織が組み立てた“騙しの流れ”にのせられないようにする。これが第3の被害回避ポイントです。
本来、マルチ商法では新生活を始めてまもない、友達の少ない人たちを狙い勧誘を仕掛けてくるものでしたが、そのかき入れ時だったはずの3月、4月に新型コロナが蔓延して、それができませんでした。しかしグループには稼ぐためのノルマがあります。勧誘をしなければ、組織は破綻します。
マルチ破綻を防ぐために、今、勧誘者は必死になって声をかけてきます。あの手この手でやってくる悪質なマルチ勧誘には充分に注意してください。
多田文明<ただ・ふみあき>
1965年生まれ。詐欺・悪徳商法に詳しいジャーナリスト。ルポライターとしても活躍。キャッチセールスの勧誘先など、これまで100箇所以上を潜入取材。それらの実体験を綴った著書『ついていったらこうなった』はベストセラーとなり、のちにフジテレビで番組化。マインドコントロールなど詐欺の手法にも詳しい。そのほか『だまされた! 「だましのプロ」 の心理戦術を見抜く本』など多くの本を出版、テレビやラジオ、講演会などへの出演も。