両親とも病に倒れ、預貯金を食いつぶす日々
しかし、父親が屋根を補修しなかったのは他にも事情がありました。愛里さんが結婚を急いだ理由の1つは父親の存在です。
「父を安心させたい気持ちもありました」
愛里さんは声を震わせて言いますが、父親が仕事中に倒れ、救急車で運ばれ、緊急手術を受けたのは2年前。診断は大腸憩室(けいしつ)出血。手術中に生死を彷徨(さまよ)いましたが、手術は成功。かろうじて一命をとりとめたのです。
しかし、術後も高血圧は相変わらず。さらに血尿も続いたので仕事に復帰することは難しく、勤務先の会社を退職せざるをえなかったのですが、当時はまだ56歳。60歳で厚生年金を繰り上げで受給するにしても、まだ4年も残っています。医療費は保険でまかなったものの、手持ちの預貯金はわずかに500万円。定年まで勤め上げれば1500万円に達したはずの退職金は1200万円に減ってしまいました。両親は年金を受給するまで口座の残高(預貯金+退職金)を食いつぶしながら糊口をしのぐ日々を強いられたのです。そんな矢先に襲ってきたのが昨年の台風。老後資金のさらなる減少を恐れ、屋根の本格的な補修に踏み切れずにいたのです。
このように父親は血管から内臓までボロボロの状態でしたが、いくら父親が満身創痍でも、せめて母親が元気なら愛里さんも正気でいられたでしょう。結婚を急ぐ2つ目の理由は母親の存在です。
「母のことも心配で、このままじゃいけないって……!」
愛里さんは声を詰まらせますが、父親が退院して安心したのも束の間。今度は母親ががん検診に引っかかり、精密検査をしたところ、直腸がんと診断されたのです。担当医は「手術してみないとわからない」と言い、愛里さんの不安は増すばかり。
そして母親は手術を受けるため、2週間の予定で入院したのですが、今まで料理や掃除、洗濯を一手に担ってきたのは専業主婦の母親でした。退院したばかりの父親に無理をさせるわけにはいかないので、家事を引き受けるのは消去法で愛里さんしかいませんでした。母親の手術は無事に成功したのですが、術後は化学療法が待っていました。放射線や抗がん剤の治療は副作用が大きいので、最初の1か月(2週間×2回)は入院することを勧められたそうです。
2か月目からは通院に切り替えたのですが、皮膚障害を発症し、吐き気がひどく、食事が喉を通らない様子。この時点でかなり顔色が悪く、やせ細っており、だいぶ弱っていたのですが、一方の愛里さんも毎日、仕事でクタクタになって帰宅してから、父親のために食事を作り、3人分の衣服を洗濯し、翌朝には各部屋に掃除機をかけるという繰り返し……。身体的にも精神的にも疲れ切っていた中、追い打ちをかけたのが新型コロナウイルスでした。