ひっかきキズがまるで叫び声のように残されて
事件から半年以上がたった7月上旬、空き家に入った。
室内は換気され関係者の手でだいぶ片づけられているもののマスク越しでも鼻の奥にツンとくる激しいアンモニア臭や乾いた排泄物のにおいがした。各部屋の壁や扉、床には猫たちが爪でひっかいたおびただしい数のキズがまるで叫び声のように残されていた。
複数の関係者の証言をまとめると、Tは昨年の5、6月ごろから飼育放棄を始めたと推測される。
遺体を包んだ新聞紙が6月のものだったことや大量のハエがわきだし、ひどい異臭がしたのもこの時期だった。
さらに同時期に別の建物でも室内で共食いをしている猫を目撃した人もいた。住民がTに指摘すると、
「室内の様子が外から見えないようにブルーシートで目隠しをしたそうです」(前出・事情を知る人物)
ただし、空き家以外の建物にはT以外の関係者も出入りしていた。
「彼の言葉を信じ、Tの猫には誰もエサを与えていなかった。ほかの猫はエサも与えられ、毛並みもよかった。同じ建物で飼っていられながら生死を分けたのはついたて1つ。なぜ、誰も異変に気づいてあげられなかったのか。様子がおかしいと思ったら面倒を見にいくと思うんです!」
と事情を知る人物は憤る。
水を求めて水道の前で死んだ猫も
Tの猫たちは真夏の閉め切られた室内で、Tが戻ってくることを信じて待ち続け、暑さに飢えと渇きで衰弱し、全滅した。
「亡骸は夏を経ても腐敗していませんでした。バリバリに乾いていたんです。持ち上げると砕けました。
ある子は水が出てくるのを知っていたのでしょう。水道のそばで死んでいました」
と話す岩崎さんには忘れられない猫がいる。
「口がちょっとだけ開いていて、キバが真っ白で……かみしめながら死んでいました。どうしてこんな状況になるまで誰も声を上げなかったのでしょうか」
と怒りをあらわにした。
「昨日までは仲よく一緒に過ごしていた仲間を食べて生きなければならなかった猫の気持ち、残酷という言葉では片づけられません。猫にも感情があります。いろいろなことを考えて苦しんで死んでいった……」(前出・同)