大学の学費は払わないと言ってのける夫

 ほとんど貯金がない現状に、奈美さんが危機感を持つのは当然です。そのため、奈美さんは「玲央の大学の準備金はどうするの? 今から蓄えないと間に合わないよ」と投げかけたのですが、夫は知らぬ存ぜぬという感じ。「特待生なら1円も払わないだろ。特待生を目指せよ! 特待生になれないなら自分で払って自分で行きゃいいじゃないか?」と言い放ったのです。

 日本学生支援機構に代表される奨学金には返済が必要な貸与型と不要な給付型があります。夫の言う特待生とは給付型ですが、もちろん、上位の成績でなければならないので狭き門です。実際には給付型には所得制限があり、奈美さんの家の場合、年収は下がったとはいえ3人世帯で900万円という条件は対象となる基準値を超えているため、奨学金を得るのは難しいでしょう。

 常識的に考えれば、夫は自分の親から受けたのと同じ水準の教育を息子さんにも受けさせるべきでしょうが、残念ながら夫には「常識」が抜け落ちていました。夫は自分が学費を支払うことはないから前もって準備する必要はないと信じているのです。すべては転職の連続で収入が下がっても今の生活水準を維持したいがため。しかも東大出身の夫は東大以外、大学ではないと思っている節があります。そのため、「他の大学だったら(入学の書類)ハンコを押さないからな!」と言い出す始末。

 一方、奈美さんは甲状腺機能低下症という持病持ち。結婚6年目に診断されたのですが、食欲や発汗、記憶力の低下は酷くなるいっぽう。例えば、食が細いので頬がこけており、夏に弱いので熱中症で倒れたことも。1日の予定を忘れてしまうので冷蔵庫に張り付けたホワイトボード上のTo doリスト(何時に何をするのか)に頼らざるを得ない日々。

 ただでさえ身体が強いほうではない奈美さんを、夫は経済的、肉体的に追い詰めたのですが、奈美さんが「このままじゃ壊れちゃう!」と緊張の糸がプツリと切れたのは右耳の上あたりに見つかった10円玉ほどの脱毛斑がきっかけ。結婚17年間で積み重なった我慢や緊張、そして心労が一気に現れたのでしょう。

「絶対にストレスと関係あると思うんです! 主人に振り回されたせいだって!!」

 と奈美さんは語気を強めました。

 奈美さんは夫の転職の1回目(結婚8年目)も、2回目(結婚14年目)も「次はないから」とお灸をすえました。それなのに夫が何もしないまま今日という日をむかえたのは自業自得としか言いようがありません。

奈美さんは“同居離婚”を拒否

 ついに奈美さんは離婚を決断したのですが、第一に考えなければならないのは息子さんへの影響です。筆者は「影響を最小限にとどめるには、離婚の事実を子どもが成人するまで隠しとおして子どもの前では“仲良し夫婦”を演じ、一緒に住み続ける……“同居離婚”という選択肢はどうでしょうか?」と提案しました。これは夫と妻の関係はやめるけれど、子の父、母の関係は続けるという意味です。

 しかし、奈美さんは「仮面夫婦なんて無理です。息子の前だけだとしても……」と言い切ります。なぜなら、最大のストレスが家計管理だったからです。夫と一緒に住んでいる限り、家計管理を押し付けられ、夫の罵詈雑言(ばりぞうごん)に怯え続ける日々を余儀なくされるのですが、これは離婚しても変わらないでしょう。

 つまり、同居結婚でも同居離婚でも奈美さんにとって大差なく、離婚するのなら別居しなければ意味がないのです。もちろん、夫が出て行き、奈美さんと息子さんが残るのが理想的ですが、結婚生活で一度たりとも稼ぎが増えなかったダメ亭主。そんな夫の心の傷を癒してくれるのは、かろうじて維持してきたマイホームの存在。給与明細の数字が悲惨でも、親戚、友人、近所から羨望の眼差しで見られれば、ボロ雑巾のような自尊心も輝きを取り戻すのでしょう。鼻っ柱だけ強い夫が自宅を手放そうとはしないはず。

 そして夫にとって息子さんは「かすがい」ではなく、わが子の将来より自分の小遣いを優先するような毒親です。それなのにプライドの高さが邪魔をし、妻の言いなりになりたくない一心で、息子さんも手放そうとはしないでしょう。

 息子さんの世話を続けながら夫と離婚、そして別居するために、奈美さんが考え出した作戦とは──?

【東大卒モラハラ夫との離婚】親権を放棄して“家政婦”に転身した妻の復讐《後編》に続く
(後編は10月11日21時30分に公開します)


露木幸彦(つゆき・ゆきひこ)
1980年12月24日生まれ。國學院大學法学部卒。行政書士、ファイナンシャルプランナー。金融機関の融資担当時代は住宅ローンのトップセールス。男の離婚に特化して、行政書士事務所を開業。開業から6年間で有料相談件数7000件、公式サイト「離婚サポートnet」の会員数は6300人を突破し、業界で最大規模に成長させる。新聞やウェブメディアで執筆多数。著書に『男の離婚ケイカク クソ嫁からは逃げたもん勝ち なる早で! ! ! ! ! 慰謝料・親権・養育費・財産分与・不倫・調停』(主婦と生活社)など。
公式サイト http://www.tuyuki-office.jp/