バリアだらけでも歓迎してくれた「串カツ田中」
事故から1年半が過ぎた'09年2月のある夜。君江さんは夫と娘を伴い、前から気になっていた、自宅近所にオープンした店に出かけてみた。
「串カツ田中 世田谷店」。手作り感満載の小さな居酒屋。店の前を通るといつも混んでいて、にぎやかだった。
「私は大阪出身なんで“ああ、串カツ食べに行きたいな”と、いつも思ってました」
最悪、入店を断られたら、店外にあるドラム缶テーブルでもいいや。そう思い出かけてみたのだ。
店で対応してくれたのは、メガネに口髭、そして大阪弁のオーナー店長だった。「大丈夫ですよ。でも、今まで車椅子のお客さんが1人もいなかったんだけど、どうやったらいい? どう手伝ったらいい?」と、フランクに聞いてきた。
君江さんは「そう聞いてくれた時点で“あ、入れてくれるんだ”と思って、うれしくなりました」と振り返る。
店長はアルバイトに声をかけ、自動ドアをとめ、2、3段の段差があるところを、4人がかりで車椅子を持ち上げてくれた。こうして中に入れたものの、店内はものすごく狭いうえにお客さんで混み合ってた。君江さんが困惑していると、店長は6人がけのテーブルのお客さんに向かって何のためらいもなく言った。
「すいません。ちょっと車椅子を通したいんで、1回立ってもらっていいですか?」
すると、座っていたお客さんが、ビール片手、串カツ片手に立ってくれた。テーブルを動かし、君江さんの車椅子はギリギリ入ることができたのだ。
そして君江さんは店内のトイレを確認した。手すりはなかったが、ドアは外開き。便座に移れさえすれば何とか入れる。店長が言った。
「え? 車椅子の人ってトイレ行くの?」
「ハハハ。そりゃ行きますよ」
「そっか。そんなこと考えたこともなかった」
そんな会話をしながら、君江さんと店長は笑い合った。君江さんと克明さん、そして娘の美憂さんは串カツに舌つづみを打ちながら楽しいひとときを過ごしたのだった。
「帰り際も、(車椅子を通すために)やはり立ってくれたお客さんが“あれ? 車椅子って飲酒運転にならないの?”みたいな声をかけてくれて(笑)。やさしいお店のお客さんって、みんなやさしいんだなって思いましたね。帰りも段差があるところを、アルバイトの子たちが車椅子を抱えて運んでくれたんですが、店長が“こんなんでいいんだったら、また来て”と言ってくれたんですね」
この言葉は、君江さんの心に深く響いた。
「“また来てくださいね”って言われたことが、すごくうれしくって。そう言ってくれるお店って車椅子になってからあまりなかったんで、感動しました。それからは結構な頻度で行くようになって。週3くらいのペースで通ってましたね(笑)」
そうするうちにアルバイトたちも要領をつかみ、君江さんが1人で出かけても対応できるようになっていった。
こうして君江さんは気づいたことがある。
「店がどれだけバリアだらけでも、そこで働く人の心がバリアフリーだったら、行ける場所は広がるし、居心地がいい場所になるんです」