第1回からも明らかなように、本作は2020年の東京オリンピック開催に合わせて作られた企画だ。しかし新型コロナウィルスのパンデミックにより、オリンピックは来年に延期、また裕一の師匠的存在として大きな役割を果たす予定だった小山田耕三を演じた志村けんさんが、新型コロナウィルス感染に伴う肺炎の悪化で、3月29日に亡くなられてしまう。
その後、多くのドラマと同じように『エール』も撮影休止となり、第13週が終わった6月以降は、出演俳優が(役のまま)解説をおこなう副音声が収録された総集編が放送されるという異例の事態となった。放送が再開されたのは9月14日。話数も全130回から120回に短縮。今年、放送予定だったドラマは、多かれ少なかれ新型コロナウィルスの影響を受けているのだが『エール』ほど、影響を受けた作品は他になかったのではないかと思う。
だが一方で、コロナ禍の現在だからこそ骨身に染みる名場面も多かった。
コロナ禍だからこそ胸を熱くした『エール』
放送再開以降、大きくフィーチャーされるのが、日中戦争勃発したことで、じわじわと変わっていく戦時下の空気だ。
裕一が音楽家として成功していたため、小山家は比較的裕福な暮らしをしていたのだが、話数が進むにつれ、馴染みの喫茶店や仲間たちの仕事が少しずつ立ち行かなくなっていく。戦争が続き、日本全体が貧しくなっていく中、音は大日本帝国婦人会に参加することを要請され、世の中の空気はギスギスしたものへと変わっていった。
戦時下の物語は朝ドラで繰り返し描かれており、特に目新しいものではない。しかし『エール』で描かれた戦時下が既視感のある生々しい映像となっていたのは、不要不急の外出の自粛が要請されるコロナ禍の空気と大きく重なる場面が多かったからだろう。
また、今までの朝ドラヒロインの多くは戦争を批判する被害者として描かれてきたが、裕一は、戦意高揚の歌を手掛けた音楽家という“間接的な加害者”として描かれていた。
裕一はお国のために戦う兵隊のためにと、軍の仕事を次々と引き受けていたが、次第に音たち仲間と気持ちがすれ違っていく。そして、慰問で向かったビルマで銃撃戦に巻き込まれ恩師を亡くしたことで、戦争の現実を思い知らされる。裕一は自分の犯した罪に直面し、しばらくの間、曲がかけなくなってしまう。
日中戦争勃発から終戦までを描いた15~18週と、戦争で心に傷を負った裕一たちが音楽と関わることで再生していく姿を追った19~20週は、珠玉の仕上がりだったと言えるだろう。
長所と短所がはっきりとあらわれた朝ドラだったが「加害者視点で戦時下の日本を描いたこと」に関しては見事だったと言える。おそらく、それこそが男性主人公の朝ドラを撮ったことの最大の意義ではないかと思う。