警察は常に人手不足……捜査できない事情も
こうした微罪を犯す加害者は、なぜ逮捕されないのか。元刑事の沼沢忠吉さんは次のように語る。
「人気刑事ドラマでは、『事件に大きいも小さいもない』という台詞もありましたが、やはり事件によって優先度合いは変わってきます。殺人など大きい事件にかかりきりになると、被害が小さい事件が後回しになってしまうのは現実です」
過去には沼沢さん自身も微罪の事件を担当し、下着泥棒を逮捕したこともある。
「軽犯罪における捜査が難航する背景には、主に2つの要因があります。ひとつは証拠の少なさです。本来、逮捕状は、さまざまな証拠に基づき、裁判所が強制捜査の必要を認めれば発布されます。そして、この逮捕状があれば、犯人の逮捕が可能になりますが、微罪ではそこに行き着くまで証拠を得られないことも多いのが現実です」
防犯カメラに犯人が映っていても捕まえることはできないのか?
「映像では名前や住まいはわかりません。また実際の捜査では、過去の映像の解析や聞き込みを行うなど膨大な時間と人手を要します。指紋の鑑識も、そもそも加害者の指紋自体が残っていない、なんてことも多いんです」
またもうひとつの原因は、警察の人手不足の問題だ。沼沢さんがいた茨城県では警察官1人当たり600人以上もの市民をカバーしなくてはならないというデータもある。
「現場では常に人手不足なのが警察の現状です。僕も現役のころは、1か月の残業時間が360時間を超えたこともありますね。微罪の捜査が難航するのは、警察の怠慢や言い訳だけでないことも知ってもらいたいです」
続いては、加害者を罰する難しさを法律的な側面からも見てみよう。杉浦ひとみ弁護士は、次のように解説する。
「前出の事例ならドアノブガチャガチャは住居侵入(未遂)、下着泥棒は窃盗罪です。しかし、被害者が相談をして警察が発動できるのは、『法で決められている行為』と限られているんです。犯罪になる行為、それを犯したときに科せられる刑罰は、あらかじめ法律で定めておかなければならない、という考え方があります」
これは罪刑法定主義と呼ばれるものだ。
「かつて中世の社会などでは、国王が国民を根拠なしに勝手に処罰することができました。つまり“あの人が怪しい”“襲われるかもしれないから不安”という理由だけでは、国家権力が証拠もなしに逮捕や処罰ができない、というわけです。被害に遭うのはつらいことですが、被害感情だけでは加害者は罰せない。その反面、この考えがあるからこそ、私たち市民の自由や権利も守られているのです」