飼い犬もおびえた母娘バトルを超えて
ここ数年、リオさんは、角野さんが着る洋服のコーディネートを担当するようになったという。
「母が年をとってきたので、私が家のことを手伝うようになったんですけど。掃除や料理については、“それ捨てちゃダメ”とか母がいちいち口出しするから、いつもバトルになってしまう。あまりにも険悪なムードだったのか、ペットの犬がストレスで吐いちゃって(笑)。
これはマズいと、それから、家事については、私は手をひくことにしました。元気なうちは自分でやってもらったほうがいいとも思いましたしね。洋服を選んでるときは喜んでくれるので、私はそれだけに集中することにしたんです」
角野さん行きつけの鎌倉のセレクトショップ『リミィニ』の経営者で、角野さん親子をよく知る広田とも子さんは言う。
「リオちゃんはとてもお母さんのことを気遣ってらっしゃいますよ。栄子ちゃんも、“リオの許可がないと、服が買えないのよ”と、欲しい服があると、写真を撮ってリオさんに送って相談してます。“却下”が多いみたいですけど(笑)。愚痴を言いながら、お互いを思いやってる、いい関係だと思います」
国際アンデルセン賞の授賞式のとき、角野さんが身につけた、白いワンピースに赤いネックレスというキュートなファションを準備したのもリオさん。
「ネックレスがいつも買うものより少し高かったんです。母は安くすませろって主義なんですが。でも、授賞式でつけるものだし、とても素敵な色だったので、母に2度も電話して、許可をとってから購入しました」
リオさんはアテネでの授賞式にはついていかず、お父さんと留守番だった。
「レセプションや取材などもあり、滞在5日間の服をコーディネートして、個別にパッキングして、送り出したときは、もうへとへと。父も母の受賞を喜んでたと思うんですけど、疲れてそんな話をする余裕もなかった(笑)」
受賞後、角野さんは取材や講演がさらに増え、リオさんがサポートする機会も急増。
「私が今、母に言いたいのは、“とりあえず、ころぶな”ってことですかね。元気には見えますが、85歳ですから気をつけてもらわないと。
3年後に江戸川区の角野栄子児童文学館(仮称)がオープンするのを母はとても楽しみにしているので。それまでは石に齧(かじ)りついてでも元気でいてもらいたい。なにがなんでもテープカットをさせてあげたいんです。その後のことは、もう知りません(笑)」
子どもはいちばん正直な読者
角野さんは子どもたちと直接触れ合う機会も大切にしている。家の近くの鎌倉文学館で、定期的に自分の作品を読み聞かせる会を開催。
「子どもたちの反応がすぐにわかって、楽しいの。読み終わって“どうだった?”と聞くと、“退屈だったぁ”なんてからかうように言ったりする子もいて。可愛いでしょ。だって、85歳の作家に対して、そんなこと言ってくれる人います? 思ってたって言いませんよ。
退屈って言う子は、本当はちゃんと最後まで聞いて反応してくれてるんです。だから、私も言ってやるのよ、“退屈って言いながら、あなた毎回来るじゃない?”って(笑)」
子どもはいちばん正直な読者だから、書くときも真剣勝負。「どう? これ面白いでしょ」と、子どもに真っ向から挑戦する気持ちで書くという。
「子どもの本だからって舐めちゃいけません。大人より、もっとわかってますからね。子どもが生まれて初めて読んだ本がつまらなかったら、本が嫌いになっちゃうでしょ? 子どもの本は、大切な橋なんです。その橋を楽しく渡って、本を好きになってほしい。だから、私はもっと面白い物語を書きたいんです」
山口県下関市で『こどもの広場』という児童書専門店を経営している横山眞佐子さんは、角野さんと30年来の付き合い。
「講演をお願いしたら、角野さんは快く引き受けてくださって、それ以来、何度も下関まで足を運んでくれています。私は42年前、子ども2人を連れて離婚し、新しい仕事を始めようと、下関で店をオープンしたんです。
でも、児童書の専門店なんて、ほとんどない時代でしたから、“おんな子ども”扱いされたり、風当たりは強くてね。角野さんのように協力してくださる方がいなければ、続けられなかったと思います」