美由紀さんは夫の金銭感覚に悩まされ続けてきました。例えば、遊ぶ金欲しさにカードローンの極度額を超えたり、返済延滞で利用を止められたりするたびに美由紀さんに金の無心をするのです。夫の借金を肩代わりするのは日常茶飯事でした。美由紀さんが拒否すると夫は「使えない妻は用なし」とばかり家を飛び出したそうです。そして今年で別居3年目。

 一方で夫の母は市営住宅で1人暮らしをしていたのですが、今年になってバスの降車時に足を踏み外し、粉砕骨折の重傷を負いました。義母はすでに白内障の影響で視力に難がある状態で、退院しても夫が自宅で引き取ることは難しく、施設に預けざるをえなかったようです。しかし、夫は義母の施設費(月12万円)が重荷になり、頭金の返済金を捻出することができなかったのです。

 とうとう美由紀さんの堪忍袋の緒が切れたのは、夫がFXの信用取引で大損をし、微々たる老後の蓄え(100万円)を失ったからです。「もう終わりにしてください。あなたの家の玄関に離婚届を置いてきたので書いてください」というLINEを夫へ送りつけたのです。

年金を試算し、退職金の使い道を約束させる

 美由紀さんから離婚相談を受けた筆者は、老後資金確保のための施策を考え、まずは「年金事務所で年金分割の試算を取りましょう」とアドバイスしました。50歳以上の場合、年金事務所で年金の試算(今すぐ離婚したら年金をいくら受給できるのか)を出してもらうことが可能です。夫婦の戸籍謄本、どちらかの年金手帳を持参すると無料で「年金分割のための情報通知書」を発行してくれます。試算によると全期間の夫と妻の厚生年金の合計額を夫5割、妻5割で按分すると美由紀さんの年金は月7万円増え、15万円になることが分かりましたが、年金だけで暮らすのは無理です。

 さらに筆者は「会社に問い合わせて企業年金の有無を確認しましょう」と助言しました。美由紀さんが夫の勤務先の総務部に確認したところ、夫には厚生年金だけでなく企業年金があることを教えてくれたそうです。

 具体的には毎月10万円を終身で受け取ることができるタイプでした。例えば、60歳から80歳まで受け取った場合、合計で2400万円になります。美由紀さんは夫に対して企業年金の半分を要求したのです。

 それから筆者は「退職金の使い道を約束させましょう」と伝えました。美由紀さんは夫との間で「頭金400万円は退職金で返す」という約束を交わしていたのですが……前述のとおり、夫の収入は来年以降、減ることが決まっています。収入の減少に合わせて、生活水準を下げてくれればいいですが、あの夫の性格です。生活水準を維持し、不足分を借金で穴埋めする可能性があります。これでは本当に退職金を頭金返済に充ててくれるかどうかも疑わしいところです。守銭奴の夫に大金が入ったら気が大きくなり、大枚を叩いてしまうことが懸念されます。

 美由紀さんいわく、夫は行く先々で揉めごとを起こすトラブルメーカー。今まで仕事は長続きせず、転職を繰り返したのですが、最も長い今の会社でさえ勤務15年。退職金は1000万円にも満ちません。そこで筆者は「退職金の約束は定年前にしたほうがいいですよ」と説明しました。美由紀さんはこれ以上、我慢する必要はないと思い、夫の定年を待たずに離婚を切り出したのです。夫にきちんと約束を守らせるには「夫が妻に400万円を渡す」という公正証書を作成しなければなりません。そうすれば美由紀さんは夫の退職金の4分の1まで差し押さえることができます(民事執行法152条)。

 ここで注意しなければならないのは離婚せずに資金移動をしたら贈与税がかかることです。結婚している夫婦間で400万円を授受すると贈与税がかかります。一方、離婚した夫婦間における財産分与は原則、贈与税の対象になりません。「あなたの言葉は信用できないし、約束を守ってもらうには離婚するしかない」と詰め寄り、公正証書に署名させることに成功したのです。