火葬直前に「ドタキャン」も
葬儀という仕事を通して社会貢献を行っている田中さんだが、20代後半で葬儀業界に身を置いてからというもの、何百回も「辞めたい」と思ったと話す。
「人間は急に身近な人を亡くすと最初はびっくりして、次に怒りの感情がわいてくるんです。ですから、些細なことで怒鳴られたり怒られたりすることも珍しくありません。
葬儀社というのは当たり散らされる役目を負うことが多いですから、そのたびに『もう辞めたい』と思いました」
遺族の言動に何度も折れそうになった心を救ってくれたのは、同じく遺族の言葉だった。
「葬儀のすべてが終わった後に『あのときは、きついことを言ってすまなかったね』、『いいお葬式をしてくれてありがとう』と感謝の言葉をかけてもらえるとホッとしますし、『またがんばろう』と思えます。これまで担当したお客様のおかげでご縁というものに気づくことができ、社会貢献をしたいという気持ちが芽生えたように思います」
数多くの葬儀を執り行っている田中さんに印象深いエピソードを教えてもらった。
「不慮の出来事で亡くなった若い女性の葬儀を担当したときのことです。その状況だけでも気の毒だというのに、一緒に暮らしていたお母様は盲目で、最愛の娘さんの最期の顔を見ることができなかったんです。
なんとかお役に立ちたいと思い、故人様や葬儀の様子を口頭でお伝えしました。葬儀後に感謝のお言葉をいただいたことはうれしかったです。ただ、気の毒な状況が重なるご葬儀は、仕事とはいえやはりつらいものです」
葬儀の過程では思いがけない事態が発生することもある。田中さんは何度か“火葬のドタキャン”を経験しているという。
「火葬場で最後のお別れをしてお釜に入れる段階で、『焼きたくない』とおっしゃるご遺族様がいらっしゃいました。説得を試みても納得されないので、火葬をキャンセルしてご遺体をご自宅に戻し、腐敗しないようにエンバーミングの処置を行いました」
エンバーミングとは、ご遺体に防腐、殺菌、修復などを行うことで長期保存を可能にする技法のこと。
「エンバーミングの保全期間は50日なのですが、期限が近づいても火葬を拒否される方もいらっしゃいます。ただ、火葬をしていただかないと私どもでは何の対応もできませんから。そうした場合は土葬が可能な墓地をご紹介するのが精いっぱいです」