アジア人には横顔がない
どれくらいずれるまで横顔と見なせるかを知るために、ヒトの顔における横顔の定義をしておこう(図2)。
たとえば、ヒトの顔の左側に立ち、左前方から顔を見ながら、徐々に左後方に移動した際に、右側の眼あるいは頬が鼻に隠れはじめる角度から、真横を通り過ぎて、鼻が左側の眼あるいは頬に隠れる角度まで見える顔を横顔とする。
つまり、顔の正中の輪郭が連続して見える範囲を横顔とすると、ヨーロッパ人ではその範囲が30度くらいあるが、アジア人では範囲がきわめて狭く、大部分は0度になる。つまり、東アジア人の大部分には、ヨーロッパ人のような横顔は存在しないに等しい。だから私たちは横顔で個人認識をしないし、識別はほとんどできない。
“片目つぶり”など表情にも集団差がある
同じホモ・サピエンスでも、集団によって表情の表し方に違いがあることはよく知られている。アジア人は控えめだが、ヨーロッパ人やアフリカ人は大げさといわれる。そして、その違いの原因は、主に背景としての文化的あるいは心理的な違いによると考えられている。
ところが、表情を表すための顔面筋にも、じつは生物学的特性があり、そこに集団差がある。
そのことを発見したのは、人類学者の香原志勢(こうはら・ゆきなり)である。文化の違いだけではないのだ。以下には、香原の『顔と表情の人間学』の内容を紹介しながら、表情の違いの生物学的特性をみていく。
(1)片眼つぶり
片眼つぶり(ウインク)が上手か下手か。それを香原は次のように分類した。
・顔が歪まずに、反対の眼にまったく影響を与えずにできるなら完全(+)。
・片眼をつぶれるが、反対の眼が動いたり口が曲がってしまったりすると不完全(±)。
・そもそも片眼つぶりがまともにできないなら(−)。
香原が調べた対象は、アメリカのヨーロッパ人(国籍や出身ではなく人種としての:アイオワ大学と国際基督教大学の学生)、中国人と東南アジア人(日本に留学中の学生で、中国人は東南アジアの華商の子弟が多い)、日本人(信州大学の学生)である。
その結果を見て香原は、被験者数は少ないが、アメリカのヨーロッパ人、とくに女子は非常に片眼つぶりがうまい。しかも注目すべきことに、性差が日本人と逆である。また、中国人は、男子はうまい者が多いが、女子はうまくない者が多いことから、片眼つぶりには文化的要因もかなり加わっているが、人種差あるいは民族差といえるものがあることがわかる、と指摘している(図3)。