このアパートの男性も、近所に義理の姉がいたのだが、遺体の引き取りはおろか火葬の費用を出すことも拒否。結局、大家さんが火葬を行い、死亡現場となった部屋の清掃までやむなく引き受けた。
「失業保険をもらっていて、生活は苦しかったみたいですよ。家賃も最後の何か月かは滞納したままでしたから……」
大家さんはいかにも困った様子で、高江洲にこぼした。
6畳間の片隅には洗濯物がつるされ、台所には最後の食事だったのだろうか、干からびた食べ物が入った食器が置いてあった──。
作業に欠かせない装備とはどんなものか。
「絶対必要なのが、防護ゴーグルと防毒マスク。強烈な腐敗臭や、ハエなどの無数の虫、そして感染症から身を守るために着用します。また、遺体から流れ出た体液や虫の侵入を防ぐため、衣服の上には雨合羽の上着を着用し、手にはゴム手袋、靴はビニールのカバーで覆い、雨合羽とゴム手袋の隙間は養生テープでしっかりとふさぐんですね」
特殊清掃では、まずゴミ処理と掃き掃除から行う。部屋中に広がったゴミや、故人の糞便などを踏んでしまうからだ。ハエやウジ、サナギなどの虫の死骸をうっかり踏みつぶせば、床や畳を汚し、フローリングにこびりついて、あとあと苦労するという。
次に二酸化塩素を主成分とする特殊な消毒液を部屋の隅々まで噴霧する。死臭の主な原因は、腐敗の過程で細菌がタンパク質を分解して出す物質。薬剤をまくことで菌を死滅させ、においの原因を取り除いていくのだ。
こうしてようやく本格的な清掃作業に入っていく。
遺体から流れ出た体液や脂、血液、消化液などは混ざり合い、盛り上がった状態で表面が乾き固まる。これをスクレーパー(こびりついた汚れを落とす道具)で削り取り、残った汚れはスポンジで丁寧に除去する。ときには汚物にまみれたトイレや、何年も放置されたカビだらけの台所も清掃する。このように、部屋中のあらゆる汚れを取り除くのだ。
男性の遺体があった玄関口には、ドス黒い人型のにじみが広がり、体液が床を通って階下の天井まで達していた。
「こうなると、汚れた部分を削り取り、汚れた床板やフローリングなど、すべて新品に取り換えます。構造上はずせない木材やコンクリートは体液が染み込んだ部分を削ってコーティングを施します。ひどいときは解体や、全面的なリフォームが必要になりますね。そこまでしないと、においまで取り除けません」
人が亡くなると腐敗が始まる。温度にもよるが、死後24〜36時間たつと腹部から腐敗ガスがたまり、それが全身に広がって身体を膨張させ、やがて体内にたまった腐敗ガスが血液や体液とともに、腐敗しやわらかくなった身体を破って噴出するのだ。これが「死臭」の発生源ともなる。
作業の仕上げにもう1度消毒液を噴霧し、一連の作業を終えた高江洲は部屋の隅々までにおいを嗅ぎまわる。
「最後は鼻を床に押しつけてにおいが完全に取れたことを確認します。この“においを取る”ということのために私は命懸けでやってきましたから」
孤独死が社会問題となって久しい。その数は年々増え続けている。
2019年の厚生労働省の調査によると、全国の「単独世帯」は1490万7000世帯で、全世帯の28・8%、実に4世帯中1世帯強がひとり暮らしをしているのだ。
最近の傾向としては、60歳未満が4割を占め(第5回孤独死現状レポート)、実際に事件現場清掃の現場でも、特に多いと感じるのは40〜50代の男性の孤独死らしい。
誰にも看取られず死亡する人は年間3万2000人にのぼるとされている。
高江洲とは、6年ほどの付き合いがある横山清行さん(48)は、横浜の港南区で3代続く不動産会社の社長だ。これまでに10件以上、高江洲に依頼してきた。
「古い物件では、長く住んでいる高齢者の方が亡くなるケースもよくあります。あのにおいはたまりませんね。脳に来る強烈さというか。高江洲さんは徹底的ににおいを消して、確実にきれいにしてくれる。最初は相見積もりでしたが、今では信頼する高江洲さんにお願いしています」