それでも、西洋・東洋医療、民間療法など、宗教と霊的なもの以外は何でもやってみた。そして専門の医師と出会ったことで徐々に改善し、現在では多少の苦労はあるものの、車椅子生活を送っている。自動車の運転や軽い散歩もできるほどになった。堀川さんが言う。
「発症して2年間は、本当に彼女もつらかったと思う。僕をみて仕事に行って『彼がどうなってるかわからないから』と好きなお酒も飲まずに急いで帰ってきてね。寝ていても僕は熟睡するまでずっと頭が動いているからその衣(きぬ)ずれで彼女は眠れなかっただろうし」
2012年、夫がリハビリに励む中、東は『一般社団法人Get in touch』を発足。音楽やアートなどエンターテイメントを通じて、誰も排除しない「まぜこぜの社会」を目指す活動をスタートさせた。
「なぜやるの?」と反対し続ける堀川さんに東は言った。
「他者のため、社会のためにやることがあなたのためにやることなの。このままだったら、私たちは生きづらくてたまらない。社会が少しは変わってくれないと、我慢すること、耐えること、諦めることばっかりになってしまう。やらなければ何も変わらない」
そして、2人の意見がぶつかったまま、『Get in touch』のイベントの日が訪れる。東が会場に到着すると、「東ちづる様」と書かれた段ボールが届いていた。差出人は書かれていない。
「え? なんだろ?」
「怖い、怖い」
もしかしたら、反対派の嫌がらせかもしれない。訝(いぶか)しく思いながら中を開けてみると、中には「Get in touch」のロゴマークが印刷された缶バッジが何百個も入っていた。
「夫からのプレゼントだったんですね。私に内緒でスタッフからロゴマークのデータをもらいプリントしてたんです」
堀川さんは今、妻に“感謝”を伝えたいという。
「反対していた当時は、自分のことだけでも大変なのに、なぜ社会のために他者のためにと……。理解するまでに時間がかかりましたね。
今振り返ってみると、僕も含めて『まぜこぜ』の社会のためにやらなければということだったんですね。今彼女に伝えるとしたら、やっぱり『ありがとう』かな。病気になって11年間ありがとう、一緒にいてくれて26年間ありがとう」
『Get in touch』の活動の中で、スタッフの目に東はどう映っているのだろうか。
2015年から事務局の中心スタッフとして活動している柏木真由生(まゆう)さん(47)は「ちづるさんと一緒だとジェットコースターに乗っている感覚」だと言う。
「とにかく走り出す。(クルマは)走りながら組み立てるわよ! という感覚ですね。それでも、しっかりメンテナンスもして、乗り遅れないでね、と声をかけることも忘れない。ちづるさんは『ピンチはチャンス』が口癖です。どんなことでも面白がる」
驚かされるのは、車椅子ユーザーの関係者が、のんびりしていたりすると、東が「もう、遅い。立って歩きなさいよ~」などと言ったりすることだ。そう言われた車椅子の人はうれしそうに笑い返す。
柏木さんたちスタッフは、初めて耳にした時は驚いて言葉を失ったという。
「私たちにしてみれば完全にアウトですよね。でも、ちづるさんには普通のこと。
『障がい者にはやさしく接しなければならない』と思っていたら、あんな冗談はとても言えない。けど、ちづるさんは言っちゃう。誰でもできることじゃないですよね」
腫れ物に触るのではなく、自然ときついジョークも交わせる関係。その自信と覚悟があるからこそ、ぐっと距離を縮められるのだ。