抗議すると、意外な答えが
たまりかねた藤巻さんは、マーカスさんに「それは特別な日のためのワインです」と抗議しました。
すると、マーカスさんからはこんな言葉が返ってきたのです。
「タケシ、特別な日などそうは来ない。日々を毎日大切に気持ちよく生きることが大切なのだよ」
今、この瞬間を、いちばん大切にする! このマーカスさんの言葉。真理ですね。
「いつか特別な日」って、確かに、なかなかやってきません。大切にキープしているうちに、ワインセラーの故障で、全部のワインをダメにしてしまうことだってあるかもしれません。
だったら、出し惜しみしないで今、楽しんでしまったほうが、ある意味正解なのかも。
禅の教えのなかに、「前後際断(ぜんごさいだん)」という言葉があります。
ここでいう「前後」とは、「過去」と「未来」のこと。今さらやり直せない「過去」にとらわれるな。そして、どうなるかわからない「未来」のことを心配して不安がるな。そんな「過去」や「未来」は断ち切って、「今、この瞬間を生きなさい」というような意味です。
私の知り合いの、あるセミナー会社の社長さん。新型コロナの影響で、予定していた約100本のセミナーが全部、キャンセルになってしまいました。
正直、会社存続の危機。でも、あるとき開き直って、こう考えたそうです。
「セミナーがなくなってしまったこと(過去)を、いつまでも悔やんでいても仕方ない。それに、先が読めないのに、これから会社がどうなってしまうのか(未来)と不安がっても意味がない」
まさに、「前後際断」の境地に達したのです。そして、社員たちに、こう伝えました。
「今期は、もう、売り上げがゼロでも構わない。目先の売り上げがないことにビクビクしないで、今できることとして、来期に向けて、仕事の種まきをやってほしい!」
社長のこの言葉で、社員たちの不安は消えたといいます。2020年期は徹底的に種まきに特化した結果、'21年になってから、完全リモートでのセミナーの開催など、新たなビジネスが広がったそうです。
先が見えないときは、後悔や未来の心配より「今、この瞬間にできることに特化!」
アイデアだってそうですね。「とっておきのアイデア」を出し惜しみしていると、誰かに先を越されて後悔することになるかも。使ってしまえば、また次のアイデアが浮かんでくるものです。出し惜しみせず、「今」使いましょう。
さて、かつての上司の言葉に、つい納得させられてしまった藤巻さん。
結局、藤巻家のワインセラーは、マーカスさんが滞在していた1か月の間に空になったそうです。
(文/西沢泰生)
《参考:『コロナショック&Xデーを生き抜く お金の守り方』藤巻健史著/PHPビジネス新書》
【著者PROFILE】
にしざわ・やすお ◎作家・ライター・出版プロデューサー。子どものころからの読書好き。『アタック25』『クイズタイムショック』などのクイズ番組に出演し優勝。『第10回アメリカ横断ウルトラクイズ』ではニューヨークまで進み準優勝を果たす。就職後は約20年間、社内報の編集を担当。その間、社長秘書も兼任。現在は作家として独立。主な著書:『壁を越えられないときに教えてくれる一流の人のすごい考え方』(アスコム)/『伝説のクイズ王も驚いた予想を超えてくる雑学の本』(三笠書房)/『コーヒーと楽しむ 心が「ホッと」温まる50の物語』(PHP文庫)ほか。