行政書士・ファイナンシャルプランナーをしながら男女問題研究家としてトラブル相談を受けている露木幸彦さん。今回は借金夫に見切りをつけ、熟年離婚をしようか悩む妻の実例を紹介します。

 

メディアで報じられない熟年離婚の現実

 女性目線の熟年離婚。このことをテーマにした記事を目にしたことはありますか? あらゆるメディアが何度となく取り上げており、すでに語り尽くされた感があります。わざわざ今、取り上げる価値はなさそうですが、本当にそうでしょうか? そんなことはありません。

 過去の記事は現実味に欠けるものが多いと感じます。例えば、まとまった額の退職金、住宅ローンを完済した持ち家、生活に困らないだけの年金。そして2年前に老後2000万円問題が注目を集めましたが、十分な残高の預貯金。これらを持っている夫に対して長年の恨みつらみ、不満や鬱憤を溜め込んだ妻が三行半をつきつける。精神的苦痛の慰謝料、内助の功の財産分与、そして老後の生活費として財産の半分を請求するというのが規定路線ですが、そんなことが可能なのでしょうか?

 熟年に限らず、離婚する夫婦は金銭問題を抱えている場合が多いです。例えば、齢60を超えても賃貸に住み、退職金が見込めない会社に勤めており、微々たる年金しかもらえない。そして残っているのは少々の貯金だけ。

 それが熟年離婚の現実です。無理に離婚したせいで金銭的に困窮し、生活が成り立たないようでは困ります。あえて何もせずに添い遂げる(途中で夫が先に亡くなるかもしれない)という選択肢もあるでしょう。このような場合、別れを切り出すべきか。それとも我慢してやり過ごすかは離婚と死別の場合をシミュレーションする必要があります。

 このように人生の岐路に立っているのは今回の相談者・千代子さん(59歳)。夫と40年間も連れ添ったのに退職金は手元に残っておらず、遺産を除き、貯金がないようなのです。一体、何があったのでしょうか?

<登場人物(年齢などは相談時点、名前は全て仮名)>
夫:哲也(63歳・会社員・年収1200万円)
妻:千代子(59歳・ヨガ教室経営・年収22万円)☆今回の相談者
義父:俊三(88歳・年金生活)哲也の父親
義妹:孝美(60歳・専業主婦)哲也の妹

63歳の夫が会社から退職勧告

「本当は1年でも長く勤めてほしいんですが、こればかりは……」

 千代子さんはため息をつきます。夫の雇用形態は1年毎の年俸制で、現在の年収は1200万円。今までは毎年更新されており、終身雇用ではないとはいえ、夫にやる気がある限り、ずっと更新され続けると千代子さんは思い込んでいたようです。

 しかし、昨年は新型コロナウイルスの影響で業績が悪化。そして年初には恐れていた事態に発展。夫が会社から退職勧告を言い渡されたのです。このままでは仕事と収入、そして会社員としての社会的地位を失いかねません。

 筆者は「今は高年齢者雇用安定法(第9条)があるので、会社は本人が望んでいる場合、65歳まで雇用しなければならないんですよ」と励ましたのですが、千代子さんは「先生は外資系をご存じですか?」と返してきたのです。

 千代子さんいわく、「日本という国はお年寄りに優しい」という幻想は通用しない世界らしく、社員が会社と揉めた場合、会社は個人を全力で潰しにくるそうです。「何もできずにクビになった会社の人を何人も知っていますよ」と言います。筆者が「不当解雇なら和解金を請求できる」と口を挟む間もない感じで。

 しかし、千代子さんは筆者に相談したかったのは夫の仕事ではなく「夫との離婚」。前々から離婚計画を立てており、今か今かと手ぐすねを引いて待っており、今がその好機ではないか。そう思い立ったのです。40年間の結婚生活は「まさか」の連続だったと千代子さんは言います。