井田さんは、「さすがにこれは卑怯だと思った」と憤る。

「私たちは正当な手続きで、法律にのっとって、国に意見を送るために地方議会へ意見書を可決してもらうよう働きかけてきました。国民が国に意見を届ける正当な手続きが地方議会の意見書です。改姓問題は、国民の困りごとです。その声に耳を傾けないばかりか、水面下で動いて反対せよと圧力をかけるのはまったく失礼なことですよ」

都議会へ提出した請願の採決を見守る井田さん。19年6月19日、賛成多数で無事に可決された
都議会へ提出した請願の採決を見守る井田さん。19年6月19日、賛成多数で無事に可決された
【写真】嫁入り後、義父に強制的に作らされた“家紋入りの喪服”を着る井田さん

 陳情アクションは手紙に名を連ねていた50名の国会議員のリストを公開、さらに公開質問状を提出した。手紙を出した経緯と見解をたずねたが、回答があったのはわずか3人、正面から質問に答えた議員は1人もいなかった。

 家族法に詳しい立命館大学の二宮周平教授は、手紙で触れられていた「(別姓が容認されると)社会制度の崩壊を招く」などの意見は「理がないし、説得される反対意見はひとつもない」と切り捨てるコメントを出している。

 同じく手紙にあった、「子どもにとって好ましくない影響があると思う」という意見も、選択的夫婦別姓をめぐって頻繁に耳にする。

例えばわが家では、私や夫と子どもたちの姓が違うけれど、とても仲よし。陳情アクションのメンバーを親に持つ別姓家庭で育った子どもたちに聞いても“意識したことがなかった”“普通に仲のいい家族なのに、なぜ他人が決めつけるのか”という意見ばかりでした」と井田さん。

 それにしても、どうしてこうした圧力がまかり通ってしまうのだろうか?

「40年間、ずっと反対している人たちが一定数いるんです。(日本最大規模の保守系団体である)『日本会議』が代表的ですが、彼らは男尊女卑的な考えを持って譲らない。男性の名字に女性は合わせるべきであり、女性は3歩下がって家事育児を担い、美しい国・ニッポンを支えるべき……等々。天皇がいちばん上にいて、社会の最小基盤は家族であり、ピラミッド型構造であるという家族的国家観を持つのは自由ですが、他人に強いることはできないはず」

 井田さんが出会った「反対派」の中には、夫婦別姓が選べるようになると、「女性に男性と同じ権利があるとわかってしまったらまずい」と公言した区議会議員もいる。

「姓を選べる自由」をあきらめない

井田さんには、「次世代に改姓を強制される苦しみを引き継がせたくない」との強い思いがある
井田さんには、「次世代に改姓を強制される苦しみを引き継がせたくない」との強い思いがある

 さらに井田さんは、日本社会で強いとされている「同調圧力」にも目を向ける。

自分たちは我慢してきたのに、下の世代が結婚後も元の姓を選べるようになるのはずるい、という人たちがいます。これは部活のしごきと一緒で、“俺たちだってしごかれて理不尽な思いをしてきたんだから、次の世代が楽になるなんてずるい”というのと同じ発想です」

 また一方で、「男性優位の世の中をうまく渡ってきた。だからあなたも利用してやればいい」と、違う形で同調圧力をかけてくる女性もいると井田さんは言う。

「男のほうに合わせて、それなりに頭を使って、うまく可愛がられる女でいなさいよ、というわけです。でも、それで何が残ったのでしょうか? 結局、次の世代に自分と同じ苦しい思いをさせることになるのではないか。子どもたちに“これが日本なんだよ。あきらめて”と私は言いたくない。望まない改姓を強いられる理不尽なことは、もうやめにしなくては」

 選択的夫婦別姓を求める訴訟で、2015年に最高裁大法廷は「民法の規定に男女の不平等はなく、夫婦が同じ姓を名乗る制度は日本に定着しているとして、合憲との判断」を示した。だが一方で、制度のあり方は国会で議論されるべきだとも指摘している。

「サイボウズの青野さんも裁判で戦ってくれて、また前向きな判決も増えています。私は別姓が認められるよう法改正されるまで、地道に松明を掲げて主張していきたいと思っています。でも、本音を言うと私の代でこの活動は終わりにしたい。次の世代へ引き継ぐ必要はないように、これからも声を上げていきます」

(取材・文/小泉カツミ 撮影/矢島泰輔)

こいずみ・かつみ ノンフィクションライター。芸能から社会問題まで幅広い分野を手がけ、著名人インタビューにも定評がある。『産めない母と産みの母~代理母出産という選択』『崑ちゃん』(大村崑と共著)ほか著書多数