「今日までつらかったんでしょ?」

 老カップルの悲報を機に、茂さんは自費で新聞広告を出し、自殺を思いとどまったり、家族が自殺で亡くなった遺族に作文を募った。その結果、約70人から届き、「心に響く文集」として自費出版した。このタイトルにちなんで、福井県警退官後の'04年4月、NPO法人を設立。メンバーは県警時代の同僚や知人に声をかけて集めた。

 この同僚の中のひとり、森岡憲次さん(70代)は茂さんと同期生で、警察学校時代の寮が同じ部屋だった。自殺防止活動への協力を求められた際、実はこうアドバイスをしていたと懐かしそうに語る。

「県警時代にいろいろ苦労をして、これから第2の人生を歩むんだから、もう少しゆっくりしたほうがいいんじゃないかと伝えたんです。ところが頑とした態度で、決意が固かった。三国署で出会った老カップルのことが、やはり心残りなんです」

 やると決めたらとことん突っ走る行動力が茂さんの魅力だ。活動拠点となる場所を商店街の近くに設置し、保護した人から話を聞くため、そこを茶屋にした。

保護した人たちには事務所を兼ねた茶屋で、福井名物の大根おろしをからめた「おろしもち」を振る舞う 撮影/齋藤周造
保護した人たちには事務所を兼ねた茶屋で、福井名物の大根おろしをからめた「おろしもち」を振る舞う 撮影/齋藤周造
【写真】保護する直前、就活が全敗し岩場で海を見下ろす女性の姿

 黄色いビニール製のどでかい屋根看板には「心に響くおろしもち」と店名が大きく書かれ、商店街の中でもひときわ目立っている。地元名物「おろし餅」をモチーフにしているのだが、それには理由がある。茂さんが説明する。

自殺しようとした人の心に響く食べ物は何だろうか? と考えたんです。昔は正月になると、向こう三軒両隣が集まり、杵で餅をついておろし大根をつけて、みんなで食べました。それが子どものときのいちばんの思い出でした。だから餅を食べて両親や故郷を思い出し、生きる糧になってくれればと」

 つきたての餅を提供できるよう、餅つきの中古機械を60万円で購入した。

 店の営業時間は日没まで。それにも根拠がある。

「副署長時代に、自殺して亡くなった方の死亡推定時刻は午後8時〜午前0時でした。東尋坊には午後4時ごろに到着し、飛び込む場所を決めてからしばらく座っている。そんなときに店の明かりがついていたらお茶でも飲みに来てくれるかもしれない」

保護した人たちには事務所を兼ねた茶屋で、福井名物の大根おろしをからめた「おろしもち」を振る舞う 撮影/齋藤周造
保護した人たちには事務所を兼ねた茶屋で、福井名物の大根おろしをからめた「おろしもち」を振る舞う 撮影/齋藤周造

 そうして自殺防止に向けた活動が本格化した。パトロールは原則、1人で行う。2人以上だと相手に警戒されるからだ。1日3人で交代して2時間ほど歩き、時間は正午から日没まで。休日は、遭遇率が最も低かった水曜日のみ。

 自殺企図者は岩場やベンチなどに座り、しょんぼり佇んでいることが多く、その雰囲気でわかるという。茂さんらスタッフが見つけると近づき、「こんなところにひとりで何をしてるの?」と声をかける。その次のアプローチが大事だと、茂さんが力を込めた。

「相手の横に行き、“今日までつらかったんでしょ?”と声をかけ、肩を叩いてあげるんです。そうするとどんな大きな男でもしおれてしまいます。女性は泣き崩れて、しがみついてきますよ。これが現場なんです」

 これに続いてかける言葉も決まっている。

「わしがなんとかしてやる!」

 茂さんがその意図を説明する。

「“なんとかなるよ”ではダメなんです。なんとかならないからここまで来るんでしょ? だったらわしが身体を張ってでも、なんとかしてやると」