自分は特別な存在だ
「小山田君はバンドをやっていて、実家もお金持ちだったからいつもオシャレな私服を着ていました。絵や歌もうまくて下級生の女子生徒からは人気があったと思います。でも同級生にとっては近寄り難い存在で……」
というのも、
「いつも5~6人くらいの友人と一緒にいて、自分の仲間以外はバカにしているような態度をとっていました。“自分は特別な存在だ”という感じでしたね」(同級生、以下同)
いじめについては、
「確かに、障がいのあるクラスメートに対して“気持ち悪い”とか言ってからかっているのを見たことがあります。障がいのある子に声をかけて、少し変わった反応をするのを見て楽しんでいる様子でした。ただ、1人では絶対にやらずに、いつも集団で行動していましたね」
また、
「いじめがカッコいいって思っていたんじゃないかな。その後の雑誌のインタビューでの“いじめ自慢”も、いかにもやりそうだなと思いました」
とはいえ当時の学校はそれほど荒れていたわけではないようで、
「記事にあるほど酷いいじめの現場は見たことはないです。それにあれほどのいじめがもし本当にあったとしたら、もっと学校全体で問題になっていたと思うんですよね」
生徒の自主性を重視していて、何か問題が起きたら話し合いで解決するという風潮だった。
「だからなのか、他の学校と比べても、校内の雰囲気は穏やかだったと思います」
陰で隠れていじめを行い、障がいのある生徒ということもあって事実を親や先生にうまく明かせなかった可能性もある。
しかし何人かの同級生に聞いても「あそこまでひどいいじめは知らない」という。さらに「ウケ狙いで話を盛ったのでは」という意見がほとんどだった。
東京五輪をめぐり、辞任・辞職に追い込まれた人物は、小山田で7人目。この負の連鎖はいつまで続くのだろうか――。