筆者は「警察に相談しましたか?」と聞くと、陽子さんは「取り合ってくれないんです!」と答えます。なぜでしょうか? 夫は陽子さんのスマホを取り上げ、自ら110番をし、対応した職員に対して電話口で「なんでもありません」と言う。そんな迷惑行為を何度も繰り返したのです。その結果、警察は陽子さんの携帯番号からの着信は「いたずら」だと認識したようで相手にされなくなってしまったのです。そのため、夫の暴言、暴力沙汰は時間が過ぎるのを待つ以外に何もできない状況に。「主人がバタンキューするまでの我慢です」と言いますが、アルコールが回り、睡魔に襲われ、寝入りまで待つしかなかったそうです。
がん治療でボロボロになった妻を夫は支えず
このように夫の存在が陽子さんの心身を蝕んだのですが、それは今に始まったことではありません。例えば、自分さえよければ他はどうなってもいいと思っている身勝手な性分、誰をどのように傷つけているかわからない無神経な性格、悪いことをしても謝ろうとしないプライドの高さはずっと同じ。「特にひどくなったのはコロナの後です」と陽子さんは振り返ります。夫の異常性がますます顕著になったそうなのです。
陽子さん夫婦が住む都内は現在、4回目の緊急事態宣言中ですが、夫婦間のぎくしゃくが始まったのは1回目から。現在は接触確認アプリ「COCOA」の利用や保健所の聞き取りによる追跡、そして濃厚接触者や感染者の自宅やホテル等での隔離などにより、多くの感染経路を掴めるようになりました。しかし、昨年4月は違いました。
「最近、感染経路がわからない人が増えているみたい。だから外から帰ってきたら、ちゃんとしてね」
都道府県は感染者の情報(年代、性別、発生届を受理した保健福祉事務所名、症状など)を公表していますが、これは発生から現在まで続いています。陽子さんは1年4か月間、1日も欠かさずに確認し続けたと言います。昨年の今ごろは感染経路が「不明」と書かれることも多かったので陽子さんは当時から感染対策を怠らなかったそう。例えば、帰宅すると手を洗い、うがいをし、衣服をはたくだけでなく、在宅中もマスクを着用する徹底ぶり。そして夫にも同じことをしてほしいと頼んだのですが、陽子さんには絶対に感染したくない理由がありました。それは8年前のこと。人間ドックでがんが見つかったのです。
そのため、卵巣と子宮の摘出とリンパ節郭清(かくせい/※手術対象範囲内での広範囲なリンパ節摘出)を行うことに。手術の当日はストレッチャーに固定され手術室に運ばれてから、酸素マスクをつけて意識が戻るまでの間、何度も「死後の世界」を見たそう。
さらに陽子さんを苦しめたのは術前より術後の抗がん剤でした。「製薬会社のデータはウソ」と抗がん剤治療を否定する本を読んだせいで猜疑心に取り憑かれ、半信半疑の気持ちで取り組んだので、点滴注入によって体内に衝撃が走るたびに怖くて仕方がなかった模様。
一連の治療により、陽子さんは心身ともにボロボロになり、思わず、夫に八つ当たりしてしまったそう。例えば、夫の携帯に「もう消えてしまいたい」と録音したり、夫が出る前に電話を切ったり、夫が電話に出ても無言のままにしたり、「死にたい」とメールを送ったり……そんな夫への孤独な訴えは1日10回超。しかし、当時から夫婦関係は冷え切っていたため、夫は陽子さんの不安を受け止める気はなく、ねぎらいや気遣い、励ましの言葉はゼロ。結局、退院の手伝いは夫ではなく長男に頼むことに。
陽子さんは8年前の闘病の経験がトラウマとして今でも残っており、「ウイルスに感染し、重症化し、入院するのは絶対にイヤ!」と思っています。そのため、今回のコロナに対しても既往症なしの人に比べ、神経質にならざるをえなかったのです。筆者は「今回、旦那さんの反応はどうだったのでしょうか」と尋ねると陽子さんは深いため息をつきます。
「コロナに負けるのは弱いヤツだろ!? 俺は今まで病院に世話になったことはないし、(ウイルスに)かかっても勝てるからいいんだ!」
夫はそんなふうに一笑に付し、家の中でマスクをつけようとせず、手を洗わずに素手で柿ピーを頬張り、うがいをせずにビールを流し込んだりする始末。夫の自信はどこから来るのでしょうか? 筆者は「長年連れ添った夫婦は空気のような存在でしょう。恥ずかしくて素直になれないのはわかりますが……」と励ましたのですが、「主人だっていつどこで感染してもおかしくないのに」と陽子さんは肩を落とします。