日本唯一のベーカリープロデューサーに
大槌町に作ったパン屋さんはメディアでも盛んに取り上げられ、岸本さんは一躍、時の人となった。
そして、反響の大きさに手ごたえを感じ、以前から考えていたあることに確信を抱くようになる。それは、「手作りにこだわらなくていいじゃないか」ということだった。
「パン業界では、手作りに価値があるとされています。でも今は冷凍技術も発達しているし、いい機械もある。それなのに、長時間労働を続けて疲れ果ててしまい、宣伝や接客、販売のほうにまで手が回らないパン屋さんがすごく多い。実は効率化・合理化を進めていくと、パン屋さんのオーナーは、必ずしも製パン経験者でなくてもいいんです」
この自説に岸本さんは自信があったが、なかなか大きな声では言えない業界の空気があった。そこで'13年、「ジャパンベーカリーマーケティング」という自身の会社を立ち上げた。未経験者でもパン屋のオーナーになれるベーカリープロデュースの仕事を本格的に始めたのだ。
プロデュース業を始めた当初、岸本さんはスーツに身を包み、お客様の要望をすべてかなえるようにしていた。お客様の考えた名前をつけて、お客様の考えたパンを売るという店づくり。しかし、そこにはわだかまりもあった。
「単にお客様の御用聞きをしてオーダーメードをするのならば、それはただの代行商社になってしまう。それより物件から何から自分で見つけて、店名、店舗のデザインもグラフィックも全部トータルで見ていかなければ、プロデューサーとはいえないのではないかと思ったんです」
そこで、自分のファッションセンスを思いっきり伝えようと割り切り、現在のような服装に身を包み、真のプロデュースを目指すようになったのだ。
岸本さんが大切にしたポイント。それはまず、老若男女に愛されるパンを作ること。みんなが欲しがる「やわらかいパン」がターゲット。パンの種類でいえば、食パンだ。
「食パンは“ご当地”で作れるという確信が僕にはありました。“ギフトになる、わが街の食パンを作ろう”と宣言し、子どもからお年寄りまで食べられるやわらかいパンを目指して研究開発。その2年後、おいしいパンができあがりました」
このパンの開発に携わってきた同社の今井美希さん(30)は、できあがったパンを岸本さんが試食したときのことを今でも忘れないと話す。
「うまいよ、今井。めちゃくちゃうまい。これ考えた人すごいわ。考えた人、誰? 俺だろ? すごいな、俺」
「そうです。社長です」
そんな会話をしたことを今でも思い出す。
「びっくりしましたよ。まさかそれが店名になるなんて思いもよりませんから。社長はいつも、そうやって想像がつかないことをやる。毎回、どうやってあんなネーミングが出てくるのか不思議。とにかく社長は人にサプライズをするのが好きなんですね」(今井さん)