パンがつなぎ育んできた家族のぬくもり
プライベートでは結婚して9年目。
岸本さんの伴侶で、同社専務でもある稲垣智子さんは、パンコーディネーターや商品アドバイザーとしても活動している。
稲垣さんが言う。
「仕事のパートナーとしての岸本は、温かみのある人格者ですね。社員を楽しませる社長。私はシャキシャキなんで正反対(笑)。おたがい忙しいからあまり家にいられないけど、月に1回は家族で温泉に行ったりしています。望むのは、とにかく健康に気をつけてほしい。それだけです」
芸大出身で建築が専門だというこの妻に、岸本さんは助けられている。
「妻は厨房の図面などを見るのが得意。商品開発の監修もしています。夫婦で“こういうパンがいい”という共通認識を持っているのが強みですね。パンの専門学校でお互い講師をしていたときに知り合ったんですが、僕はこんなふうなんで、彼女に会社を守ってもらっています(笑)」
パンなくしては語れない家族とのつながり。岸本さんには、忘れられない母との思い出がある。
「母親が毎週、金曜日に買ってきてくれるケーキ屋さんのパンが超おいしくてね。イギリスパンだったんですが、ゆで卵とコーヒー牛乳と一緒に食卓に出されるんです。いまだにあのパンを超えるパンはないな、と思っています。そんなふうに、常に暮らしを彩るのがパンだったんです」
母親が亡くなったときにも、パンが傍らにあった。
「火葬場にパンを持っていったらすごく喜ばれたんです。当時、うちの母親が好きだった黒ごまアンパンとか。もちろん葬儀場だから料理は出てきたんだけど、みんなパンがおいしいと言ってくれて、棺桶にもパンを入れました。
僕はものを演出するのが好きなんで、こんなことを考えちゃう。人生のエンディング・ステージで、作りたてのパンを提供する。お葬式というのはすごくやってみたくて、“パンが美味しいお葬式”というんですかね。そんなこともやっていきたい。いつものメンバーで、いつもの焼きたての美味しいパンを食べる──。いいお葬式だと思いませんか?」
ひたむきな情熱とアイデアを形にする行動力。それらがある限り、岸本さんの快進撃は止まりそうにない。
取材・文/小泉カツミ
こいずみ・かつみ ノンフィクションライター。芸能から社会問題まで幅広い分野を手がけ、著名人インタビューにも定評がある。『産めない母と産みの母~代理母出産という選択』『崑ちゃん』(大村崑と共著)ほか著書多数