しかし、いざ話を切り出してみると拍子抜けするほど簡単だったようです。「離婚はむしろ、こっちが望むところだ。お前みたいな役立たずはこっちから願い下げだよ。ああ、男に二言はないよ。お前こそ、後で後悔して泣きついてくるなよ」──表現の汚さはともかく、そんなふうにあっさりと離婚を承諾。

 次は子どもの親権ですが、これも夫は異論をはさみませんでした。「俺は知らないぞ! お前が責任をもって育てろよ!」と。そして子どもの養育費ですが、家庭裁判所が公表している養育費算定表に夫の年収(750万円)を当てはめると子2人で月13万円が妥当な金額。「金、金って、お前は金のことしか考えてないだろ。養育費を払わないダメ男って陰口を叩かれるのはシャクだ!」と夫は二つ返事で受け入れたのです。

 とはいえ、あまりにも事が上手くいきすぎです。祥子さんは嫌な予感がしたそうです。夫はできるかどうかをきちんと考えず、ノリと勢いで安請け合いする気質。実際のところ、今まで何度も禁酒宣言を破ってきた前科があります。「守る、守ると言いながら、本当は守るつもりがないのか?」と疑った回数は数知れません。夫は意志が弱いのは明らかです。最初は威勢のいいことを言っておいて、途中で「できない理由」を並べ、最後は踏み倒すのではないか……。せっかく決めた養育費ですが、完済する前に不払いが発生することが懸念されます。

疎遠になっていた義父に相談に行くと

 そこで筆者は「いろいろお話を聞くと、旦那さんの酒癖の悪さは相当根が深いのでは? かなり若いころから、こんな感じだったのではないですか? お父さんに相談すれば、味方になってくれるかもしれませんよ」と助言。

 しかし、夫と父親(=義父)がもともと疎遠だったこともあり、祥子さんは夫の実家とは接点が薄く、しかもコロナの影響で盆や正月など長期の連休を含め、2年近く、顔を合わせていない状況。祥子さんはかろうじて知っていた義父のメールアドレスに「お話があります」と送信。翌週に会う約束をすると、久しぶりに義実家の門をくぐったのです。義父の第一声は謝罪。「息子のことで祥子さんには迷惑をかけっぱなしだったこと。お察しします。愚かな息子で本当に申し訳ございません」と。

 義父いわく、夫は子どものころ、目立った悪さはしなかったものの、我慢ができない子で、自分の思いどおりにならないと癇癪を起こすこともあったそうです。「息子が酒に手を出したのは高校のとき。アルバイトのお給金で遊び歩くことが増え、私が注意しても聞こうとしませんでした」と義父は核心に踏み込みます。大学生のときはあおるような飲み方で救急車で運ばれたこともあるそう。義父が夫に何か言おうとすると「ぶっ殺すぞ!」と叫ぶのです。「私は怖くなって何も言えなくなりました」と義父は懺悔します。

「あんまりじゃありませんか! お義父さんは結婚するとき、何も言ってくれませんでしたよね? もし、あのときにに反対してくれれば……」

 祥子さんは涙ながらに訴えたそうですが、義父は「あんな息子ですが、祥子さんと結婚して子どもが産まれれば、少しは改心すると信じていたんですが……やはり、ですか」とため息をこぼします。義父の話によると今の夫の姿ができあがったのは両親が甘やかしたからです。「すべて私たちのせいです。息子の未熟さは躾がなっていなかったからです。祥子さんが望むことは何でもして差し上げます」と義父は言いますが、何を頼めばいいのでしょうか?

 筆者と祥子さんの事前の打ち合わせで、もし、義父が協力してくれる場合、「何をしてもらうのか」を決めておきました。その際、祥子さんは「それならお義父さんに養育費を立て替えてほしいです!」と言いましたが、2人の子の22歳までの養育費の合計は概算で1,700万円。義父は現役時代、各中学校の校長を歴任した人物とはいえ、養育費は本来、夫本人が支払うべきです。さすがに義父に全額を肩代わりさせるのは度が過ぎるでしょう。尻ぬぐいの範囲が大きすぎます。そこで筆者は連帯保証を提案。もし、夫が約束どおりに支払わなかった場合、義父へ請求できるという制度です。

 そのことを踏まえた上で祥子さんは当日、義父にこう切り出したのです。「信也さん(夫)にもしものことがあったら、お義父さんが保証してくれますか?」と。すると義父はすぐに承諾。

 祥子さんが「そろそろ失礼します」と去る際、義父は最後の言葉をかけてくれたそうです。「覚えていますか? 3年前、私が玄関で転び、骨を折って、入院したときのことです」義父の知らないところで夫が病院の窓口に来たようで、このまま退院させず、施設に入れてほしいと頼んだようなのです。「入院中、息子は1回も見舞いに来なかったくせに! 息子にとって私は邪魔者でしかないのでしょう。安心してください。私たちは祥子さんの味方ですよ」と義父は誓ってくれました。