これからの「シーナワールド」は?
77歳になった“作家・椎名誠”は、これからどこへ行くのだろうか。
親友の木村さんは言う。
「椎名の書くものは段々難しくなってきたからなあ(笑)。あんまりカッコつけないで、もっと笑えるエッセイやユーモア小説を書いてほしいなあ。年とったなりの生き方がにじみ出るようなね」
目黒さんは、椎名さんにはまだ書いていないことがあると言う。
「あの人は、作家の前に生活人だから、どうしても手をつけないことがあるんですね。例えば惚れた女性のこととか、きょうだいの話とか。そんな路線にも期待したいですね。椎名のすごいところは、資料を読み込んで特徴をつかみ取ること。すごくうまい。なるほどなぁ、とうなずいています」
さて、本人はどう思っているのか。
「小説のテーマというのは、どこからともなく湧き上がってくるもの。求めれば出てくるというわけではないんです。それでも結構ね、神の啓示のようなものがあって、それを“お!”と思って突き詰めていくと、最終的には1つの本になっていく。そういう経験も何度かありましたね。
これからどうなっていくのか、自分でもまあ見当もつかないね。何かおもしろいものを見つけたら、そこに夢中になっていくでしょうね。まずは体調をよくしないとね。だって、物心がついてから、こんなにわけのわからない不調の中にいるなんてこと、今までなかったですから」
今回の新型コロナ感染で、椎名さんは死んでもおかしくなかったという。
「病院に運ばれて、気がついたときは3日後だった。息子が言うには、病院から電話があって、“お父さんをベッドに縛っていいですか?”と言われたらしい。点滴を剥がしちゃうから。それはまずいからね。記憶にはないけど、ヤバかったんだなあと知りましたよ」
ただし収穫もあった。蟄居(ちっきょ)せざるをえなくなり、これまで読めなかった本をじっくり読む機会に恵まれたことだ。
「いま読んでいるのは、広野八郎さんという人の作品。外国航路の貨物船の底辺で、石炭夫だった著者が虫ケラのように働いている話。昔の日本人は強かったんだなということを思い知ったり、封建時代の掠奪(りゃくだつ)というのは酷いものだったんだな、などと発見がいっぱいありますね」
「体力作家」と呼ばれ、次から次へと新しい遊びを考えだし、多彩な活動でファンを魅了してきた椎名さん─。
「おれ、結構生き長らえてきたじゃないですか。修羅場に強いんだなあ、と。それもネタになるし。まあ、持って生まれた作家魂なのかもしれないけどね(笑)」
そう言って微笑むと、作家はビールをグビリと飲んだのだった。
〈取材・文/小泉カツミ〉