遺体が骨になるまで観察
俺がはじめて一緒に樹海を散策したときも、K氏は死体を発見した。
見つけた死体は、樹木の下に横たわっていた。死因は不明。ほぼ白骨化していて、上半身の骨はバラバラ。頭蓋骨は行方不明になっていた。ただ、腹部から足にかけてはまだ肉、皮が残っていた。
ほとんど自然に還っている状態だったが、履いていたジーンズはきれいに残っていて、青かった。その青さがK氏の目について、発見に至ったのだ。
「ん〜これは動物に食べられてるのかな?」
K氏はじっと死体を見ながら、死体の回りを散策する。少し離れた場所に、大きい糞が出てきた。
「このサイズは熊かもしれないですね。樹海ってあまり熊はいないって言われてるけど、熊がいる山とは地続きだし、いても全然おかしくないんですよ」
と淡々と話した。今いる場所に熊がいるかもしれないというのは、とても恐い話だ。
俺がそわそわと周りを見ていると、K氏はカバンの中から焼きそばパンを取り出して、ムシャムシャと食べはじめた。もちろん視線の先には死体がある。
熊はもちろん怖いのだけど、死体を目の前にしてご飯を食べているKさんはよりもっと怖かった。
Kさんは色以外には臭いでも、死体を見つける。
一緒に3日間連続で死体の散策を続けたことがあった。朝から夕方まで毎日歩き続け、足はパンパンに腫れた。それでもなかなか死体は見つからなかった。
諦めかけた頃、ツンと腐臭が香った。Kさんは、珍しく大きな声で
「臭います!! ここらへんに死体が絶対にあると思います!! 探しましょう!!」
と言った。くんくんと鼻をならせながら、周りを見るが、なかなか見つからない。人間の鼻では、臭いの発生源はなかなか見つけられない。じれったい思いをしているとKさんが、
「ありました!! 横たわって死んでいました!!」
と大きな声で言った。
近寄ってみると、地面にあいた穴の下に2人の死体があった。すでに表情は読み取れないほど肉が削げていたが、それでも2人の苦しみは伝わってきた。
ひたすら大きく口をあけて、のどをかきむしるような形で死んでいたのだ。2人の近くには、毒々しい色の除草剤の缶が置かれていた。
「除草剤を飲んで心中したんでしょうね。除草剤を飲んで死ぬのは苦しいですからね。2人ともかなり苦しんで亡くなったんでしょう」
とKさんは、まじまじと2人の死体を覗き込みながら言った。いつもと変わらない優しい表情なのだが、それでも興奮が伝わってきた。
そしてKさんは腐臭が漂う中、やはりカバンの中からさけるチーズやサラダチキンを取り出してムシャムシャとかじった。
「僕が樹海で死体を探すのを趣味だと知っている人からはよく“Kさんは人を殺さないんですか?”って聞かれるんですよ。さすがに僕はクリエイターではないですね。いくら死体が好きでもそこまではしません。でも最近は死体を育てていますよ」
とKさんは言う。
「クリエイターではない」というのは「死体をクリエイト(製作)しない」ということ。
つまり人は殺さないという意味だ。
だが「死体を育てる」という意味はなんだろう。
「まだ死後間もない死体を見つけるじゃないですか。そうしたら定期的に足を運んで観察するようにしてます」
つまり死体が腐って変化していく様子を、「死体が育つ」と表現しているのだ。Kさんに、死体を育てる過程の写真と動画を見せてもらったことがある。
最初の写真には大きな樹にロープをかけて首を吊っている男性が映っていた。まだ30代で、生きているときの面影が残っていた。
そして数週間後、顔は青黒く変色し口や目からドロドロと液体がこぼれ出ていた。
髪の毛や眉毛にはびっしりとハエが卵を産み付けていた。口の中には大量のウジ虫が繁殖しているのが見えた。
そして夏場には一気に腐っていき、最後は白骨死体になるまでの様子がとらえられていた。言わば“九相図”だ。現代の日本で、死体が骨になるまでの様子を収めた人は他にいないだろう。
「死体が育っていく様を見るのは楽しいですよね」
と、Kさんはやはり子どもでも見守るようなとても優しい笑顔で言った。
Kさんは今週末も1人で樹海に行って、新しい死体を散策しつつ、過去に見つけた死体がどのように“育ったか?”を見届けている。
(2本目『突然姿をくらました先輩ライターの行方』は、後日公開)
取材・文/村田らむ
1972年、愛知県名古屋市生まれ。ライター兼イラストレーター、漫画家、カメラマン。ゴミ屋敷、新興宗教、樹海など、「いったらそこにいる・ある」をテーマとし、ホームレス取材は20年を超える。潜入・体験取材が得意で、著書に『ホームレス消滅』(幻冬舎)、『禁断の現場に行ってきた!!』(鹿砦社)、『ゴミ屋敷奮闘記』(有峰書店新社)、『樹海考』(晶文社)、丸山ゴンザレスとの共著に『危険地帯潜入調査報告書』(竹書房)がある。近著『人怖 人の狂気に潜む本当の恐怖』(竹書房)発売中