頑張らなくていい食育を指導

 ファストフードにコンビニ弁当─。便利になった食生活と引き換えに、失うものは大きいようだ。

 長年、調査を続けてきた家森先生は、近代化による健康長寿の崩壊を目の当たりにしてきたと話す。

「長寿で有名なアンデスの山村では、健診に行くたび、肥満と高血圧の人が増えていました。アメリカ人の別荘地になり、食習慣がすっかり変わってしまったんです。もう長寿地域の面影はありません」

 強健のマサイ人の村も、文明に染まっていた。

「村はすっかり観光地化され、マサイ人は食塩の味を知ってしまいました。焼いた肉を塩で食べればおいしいですからね。残念ながらコレステロール値が上がり、高血圧の人が増えています」

 日本も他人事ではない。顕著な例が、沖縄県だという。

「かつて沖縄は、日本でトップの長寿県でした。それが、2000年に47都道府県中、男性が26位に滑り落ち、2010年には30位まで転落した。基地があるので、アメリカの食文化の影響を受けやすかったことが原因です」

 危機感を募らせた家森先生は、2019年に『元気沖縄プロジェクト』を発足。2040年までに、沖縄の長寿を取り戻す活動を始めた。

マサイの首長から直々にプレゼントされたマサイのシンボルともいえる槍とホルンは「自分たち日本人を信頼してもらった証」。今も大切にしている家森先生の宝物だ 撮影/渡邉智裕
マサイの首長から直々にプレゼントされたマサイのシンボルともいえる槍とホルンは「自分たち日本人を信頼してもらった証」。今も大切にしている家森先生の宝物だ 撮影/渡邉智裕
【写真】初めて血圧測定を受けるマサイ族

 調査を実施した、前出・琉球大学の益崎裕章さんが話す。

「次世代の健康長寿を育てる目的で、沖縄県内の学童期の子どもを対象に健康調査をしました。その結果、外食やコンビニ食が多い子は肥満度が高く、生活習慣病予備軍になり始めていることがわかりました。しかし、私たちはこの結果を悲観することなく、逆にチャンスだととらえています。学童期から食生活を見直すことができれば、将来的に健康長寿県として復活できると考えるからです」

 さらにもう一つ、興味深い結果が出たと益崎さん。

「検査は、月曜日と木曜日の朝一番の尿を採取する方法で行いましたが、明らかに木曜の結果がよかった。これは給食の影響です。1日1回でもバランスのいい食事をとることは意味があるわけです。調査の結果を受け、家森先生は沖縄だけでなく、全国を回って食育の大切さを伝えています。あのとおり、先生の言葉は説得力がありますからね。波及効果が高いんです」

『世界健康フォーラム』では、毎年パネラーを務め、昨年はオンラインで5000名が視聴した。今年5月には、『遺伝子が喜ぶ「奇跡の令和食」』(集英社インターナショナル)を出版。学会や講演会、著作物で積極的に発信を続ける。家森先生が話す。

「どういう食生活をしたらええかを知ることは、言ってみれば病気を予防する“知識のワクチン”になります。塩分を控え、和食中心の食事を1日1食、心がける。私も1日の中で理想的な食事は、家内のお弁当だけです。それでも、このとおり、血圧もなんとか正常で大きな病気とも無縁です。人生100年時代を元気に生き抜くためにも、これからも食の大切さを伝えていくつもりです」

 2時間半に及ぶインタビューの間、水も飲まずに熱く語る。知識の豊富さと使命感の強さは舌を巻くほどだ。

「1日、何時間くらい研究のことを考えてますか?」、思わず尋ねると、「そうですね、寝てる時間以外はずっと」、ちょっと照れながら答える。

 そのやりとりを横で聞いていた妻の百合子さんが、タイミングよく口をはさむ。

「この人から研究を取ったら、なーんにも残りません。昨日まで研究してて、今日亡くなったくらいでちょうどいいんです(笑)」

 まさに、生涯現役!

 84歳の冒険病理学者は、枯れない好奇心で、前へ、前へと進み続ける。

〈取材・文/中山み登り〉

なかやま・みどり ●ルポライター。東京都生まれ。高齢化、子育て、働く母親の現状など現代社会が抱える問題を精力的に取材。主な著書に『自立した子に育てる』(PHP研究所)『二度目の自分探し』(光文社文庫)など。大学生の娘を育てるシングルマザー。