どこの高校に入るかで男の一生が決まる
雅也(仮名・当時17歳)は、通学していた高校の部活動で使用している部屋の窓ガラスを割り、火のついた紙を投げ入れ、放火未遂などで逮捕された。窓ガラスの割れる音で人が駆けつけ、雅也は取り押さえられ、火は着火せずに済んだ。
背景に追ってみると、雅也は当時、県内トップの進学校を目指して受験したが失敗し、滑り止めの高校に入学していたことがわかった。
「父親はどこの高校に入るかで男の一生が決まると言ってました。〇〇高校の同窓会とか、大人になっても影響するからと。第一志望に落ちた瞬間、負け組だと思いました」
第二志望の高校では学年トップの成績で、同級生を見下していたという。中学校ではリーダータイプだった雅也は、高校でも学級委員や生徒会役員に立候補するが落選。成績が良ければ人望を得られるわけではないことに、雅也は気が付かなかったという。
居場所がないと感じるようになった雅也は、次第に学校に行かなくなった。
「友達がひとりもいなくて、家族以外と話をしない毎日に、気が狂いそうになっていました」
そして、学年末に荷物を取りに行くために登校した際、事件を起こしたのだ。
事件後、雅也は高校退学となる。だが、その後は大学検定を取得し、大学入学を果たした。大学を卒業したあとは順調に就職し、現在は家庭を持つに至っている。人生をやり直す転機を聞いてみると、雅也はこう答えた。
「家族と友人の支えです」
事件を知った高校のクラスメートたちが、事件後、雅也の家を訪ねて来てくれたのだという。
「自分を友達だと思ってくれてる人がいたことに気づかされ、本当に自分の愚かさを痛感しました」
悩みを他者と共有できるかどうか
どうしても他者の評価に敏感になる思春期、狭いコミュニティの中での格付けに囚われ、劣等感から自傷や他害に及ぶケースもある。
隆志も雅也も勉強ができ、ルールを守る子どもだったことから、親たちに「育てにくさ」はなかったという。ところが大人に近づくに連れ対人関係が上手くいかず、問題行動が出始める。こうしたケースは、昨今、支援現場で多いと感じている。
ふたりとも順調に更生したのは、家族の力が大きい。しかし、家庭は更生の場として機能したが、事件を食い止める歯止めにはならなかった。こうした事件を防ぐには、家族だけでは限界がある。
狭いコミュニティの価値観を絶対視しないためには、家庭と学校だけではなく、さまざまな人との関わりが必要である。ふたりの偏った価値観が修正されたのは、人との関わりだったと証言している。
学歴社会は崩壊したと言われる一方、学歴社会で育った世代が子育てをしており、未だに根強い学歴信仰を持つ人々も少なくはないと感じる。
しかし、超高学歴の犯罪者も見てきた経験から言えることは、勉強ができても人としてあまりに未熟ならば、社会で生きていくことはできないのだ。悩みを他者と共有することも身に着けるべき問題解決能力のひとつであり、「生きる力」の育成は今後の公教育の課題ではないだろうか。
阿部恭子(あべ・きょうこ)
NPO法人World Open Heart理事長。日本で初めて犯罪加害者家族を対象とした支援組織を設立。全国の加害者家族からの相談に対応しながら講演や執筆活動を展開。著書『家族という呪い―加害者と暮らし続けるということ』(幻冬舎新書、2019)、『息子が人を殺しました―加害者家族の真実』(幻冬舎新書、2017)、『家族間殺人』(幻冬舎新書、2021)など。