エスカレートしていく「スキンシップ」
大江さんは中学2年生のとき、同級生の女子に誘われ地元の進学塾へ入会した。40代のベテラン講師はきめ細かな指導に定評があり、教えるのがうまく、雑談もおもしろい。進学実績の高さから保護者の支持も集めていた。根気強く教えてくれる講師を大江さんも信頼していたという。
「よく頑張ったな」
「おまえはほかの子と目のつけどころが違う」
難しい問題が解けたとき、講師はねぎらいの言葉をかけながら大江さんの肩にポンと手をのせたり、頭をなでたりした。成績が上がって「ハグされた」こともある。スキンシップが過剰な気がしたものの、違和感をのみ込んだ。
「講師は“熱いキャラ”の人だったので、気にする私のほうが自意識過剰に思えてしまって。そのときは深く考えないようにしました」
中2の終わりになると、受験対策と称した「居残り補講」が始まった。最初は数人で受けていたが、徐々に人数が減り、地元の最難関校を受験する大江さんだけ遅くまで残ることが増えていった。
「講師に期待をかけられ、特別扱いされることで自信が満たされていた部分もありました。悩みや愚痴なんかも聞いてくれて、親切でやさしい先生だと思い込んでいました」
一方、誰もいない教室で講師の「スキンシップ」はエスカレートしていく。肩や頭に触れる回数が増え、時には息づかいが聞こえそうなほど顔を近づけてくる。いつしか補講後、帰り際に「ハグ」されるのが習慣になっていた。
ある日、「ハグ」のあと、講師は「いいよな?」と言うと大江さんにキスをして、胸や下腹部を触ってきた。突然の行為に身体が凍りついた。
「父親と変わらない年齢の講師が性的な目で私を見ていたなんて……。ひたすらショックでした」
それから間もなく父親の転勤が決まり、大江さんは県外へ引っ越すことに。転校に不安はあったが、それ以上に塾をやめる口実ができてほっとしたのを覚えている。
大江さんは2年前、ネットニュースでグルーミングという言葉を偶然知り、「気持ちが楽になった」と話す。
「講師に襲われたとき、はっきり拒絶できなかった自分を責める気持ちが長い間ありました。うつや不眠、摂食障害に苦しんだ時期もあります。でも、#MeToo運動が起きたり、グルーミングがメディアで取り上げられたりして自分に何が起きたのか初めてよくわかりました。
私は悪くない。大人への信頼という、子どもの純粋な心につけ込む卑劣な加害者こそ悪いんです。今ではそう言い切ることができます」(大江さん)